…++新月が哭く++…

―朧存在―





そこに月があった
そこに道があった
そこに夜があった
そこに闇が潜んでた

贖ッテヤル

そこに明日があった
そこに光があった

黒い混沌
混沌の闇

そこに君がいる

贖ウモノハ
ココニ在リ続ケル


そこにアナタはいる

イナイヨ












すぐにネーヤは昂治の前に現れた。
何かを、誰かの、ココロを告げに来たのではなかった。

「ネーヤ、どうしたんだ?」

笑顔。

「ソレ、ネーヤと同じ。」

悲しそうな笑顔。

「それって?」

昂治は目の前に立つ、泣き出しそうなネーヤに近寄る。
そして、首をかしげる。

「黒、黒、黒、膿、混沌…ネーヤ同じ。」

すっとネーヤが右肩に手を置いた。
瞳が揺れるが、やがて昂治は嘆息をついた。
ネーヤには隠せない。

「痛い、痛いって、でも、ネーヤ同じでも痛くナイ。
痛いのイヤ。こうじ、痛いの、辛いのイヤ。」

「…ネーヤ?」

そのままネーヤは抱きつく。

「だから、見えない。ワタシ、見エナイ。見失うの……、」

瞳を向ける。
笑顔。

「ごめん、ごめんな…。」

どうしてだろう。
どうして?
君はこんなにキレイなのに
自分はこんなにも醜いの?

傷ツケタクナインダ


「兄貴…、」

はっとしたように昂治は自分を覆う、不機嫌な弟の顔を見た。

「…え、なに?」

黙って祐希は馬乗りに乗った。

――なに、しようとしてた?

服を互いに着ていて。

「あ、ごめん。ぼーっとしてて。」

「別に、」

そろそろと祐希が馬乗りのまま、上着のボタンを外していく。
外していく指を見つめ、高鳴る鼓動に身体が火照る。
祐希の指はキレイだと、つくづく思った。
本人は普通だと云うけれど、昂治にとっては惚れ惚れする。
その指の動きが、自分を煽って息をはいた。
祐希はボタンを外し終えると、肩から擦り落とすように上着を脱がす。
手首に絡みついたまま、馬乗りだった体を倒した。
そっと手を右肩に触れる。
震えに気づいて、祐希は撫でた。

痛い、痛い、痛い、痛い。

祐希はあえて、膿んでいるような右肩を見えないフリをした。

その黒、混沌。

何も云わない昂治に、気のないフリをした。
優しくしてみた。
それでも、祐希が求めるコトは起こらない。
聞けない。
それなら口に出せばいい。
けれど、

――それじゃ、意味がねぇんだ…。

祐希は信じている。
兄を、恋人を、相葉昂治を信じている。
だから待っているのに。

――どうすれば、いいんだよっ!

燻るのは自分の中の嵐。
敢えて、抑えていた、否、吹かそうとも思わない嵐。
今夜は。

――兄貴は、俺を見ない。

そっと唇を寄せる。

――兄貴は、俺のコト…。

絡みつく昂治の舌を祐希は噛んだ。

「っ!?」

体を起こして、無理矢理に左腕を掴んで引く。

「ゆ、祐希!?」

答えない。
応えない。
痛いけれど、求めるコトが達成できるなら構わなかった。
そのまま昂治をねじ伏せて、昂治のズボンを下着ごと下ろす。
小さな悲鳴。
聞きたいのはもっと別の声。

「ゆ…っひぎゃぁっっ!!!!」

何も準備していない秘部に、祐希自身を突き入れる。
そのまま背中に覆い被さり、耳に唇を寄せる。

「っ!?ひあぁあっ…っ!?」

苦しみに打ち震え、シーツを昂治は握り締めている。
あぶら汗が滲み、背中がしっとりと祐希の胸に吸い付く。

「ひっ!?やあああ!!!!」

自分のモノを軸にして、昂治の身体をこちらに向かわす。
可哀想なくらい昂治の身体は震えていた。
向けられる瞳は問いを投げかける。

どうして?
どうして?

ふと見れば、昂治のモノが少しだが反応していた。

「淫乱、」

冷たく言うつもりが、掠れて震える。
揺れている瞳を無視して、祐希は律動し始めた。
きちゃ、ずちゅ、
乾いた淫らな音。
初めてではない。
遠くはない昔は、何度か潤さないで入れたコトだってある。
もっとヒドイ事、もっとエグイ事だってした。
抵抗する昂治をねじ伏せて、凌辱した。
痛かったけれど。
平気だった。
だから演技であれば、痛くないハズだと思った。

「ひゃ、ああ、う!?やぁ、ひっ!!」

悲鳴に耳鳴りがする。
涙でぐしゃぐしゃの顔に胸が引き裂かれそうだ。

「…っ…ゆ、…きぃ…!?」

シーツを掴んでいる手が白くなる。
内部が切れて、血が太ももを滴る。
それがシーツに滲んで。
昂治は祐希から瞳を逸らさなかった。

痛い。

祐希は昂治を抱き寄せて、互いに座る姿勢にさせた。
そのせいで内部が微妙に掻き回される。

「く、やぁ!?」

抱き寄せて、耳に唇を寄せた。

「…あ、兄貴、」

自分も息が上がっている。
きつく狭いソコは、奇妙に興奮させ辛くさせているからだ。

「…っ、」

昂治が何か言おうとしているのだが、痛くて云えないらしい。
呼吸すれば、同じように血が滴るのが解かる。

「ゆ、祐希…ぃ、ど…して…っ!?」

黙っている。
だが、

「俺…わる…いぃ、コトし…た?」

聞きたいコトとは全く反対の声が相手から出される。

「違う…いじめたく…なっただけ、」

「…そっ…か、」

苦悶の息と吐き出される声は、安心したような声色だった。

「俺はそこに…いねぇ、望んでもいない…。」

「ぅ……え?」

聴こえていないようだった。
祐希は昂治の顔を手で覆って、額にキスをした。

「なんでも、ねぇ…、」

「ひあっ!?」

少し下肢を撫でながら、体を動かす。

「痛ぇか?」

顔を赤くしながら、昂治は唇を寄せた。
啄ばむキスの後、小さく呟く。

「すこぉ…し、だけ。」

血が潤滑油になって、祐希のモノに微かに絡み付いている。

「優しくする……、」

髪をすきながら、ゆっくりと快楽を呼ぶ深いキスをする。
これ以上、ヒドイ事を続けることはできなかった。
祐希は言葉どおり、壊れ物を扱うように触れる。

「ふぅ…ん、あ…」

ゆっくり動き、前立腺にモノをこすりつけるようにする。
ビクビクと昂治は震えながら祐希にしがみつく。

「はぁ…はぁ、あああ!!あぅ、うう…ソコばっか…やぁ、」

「じゃあ動かない方がいいか?」

感じる場所に当てたまま、祐希は動きを止める。

「ひゃああ、熱い…ぃよ…はあ、あっあ…やぁあ…」

「…兄貴、どうする?」

「う、動いて……たのむ…ダメ、もう……」

息を荒げている唇にそっと唇を合わした。
砂糖のように甘く頭が痺れていく。

――兄貴…、

強く激しくなる悦楽に、昂治は霞んで見えていなかった。
自分が愛す、祐希の涙。
一筋だけの雫で、うつろな視界には汗だとしか把握できなかった。
祐希は信じている。
それしかもう、自分がする行動が思いつかなかった。



「ねぇ、月、赤くないヨ?」

無垢な表情。

「ああ、地球からだと十五夜なんか赤く見える。」

「そうなの?」

こくり頷くと、破顔するように微笑んだ。

「可笑しいよな、あの月には人が住んでるのにさ。」

軽く笑って、上を仰いだ。

「それなのに、海は満ち干きして…、」

「狂ウ…?」

「満月になると、血が騒ぐってね。」

アハハと笑って、ネーヤに顔を向けた。

「欠ける、欠ケル?」

「欠けて、次は金色に光るよ、」

ネーヤから微笑みが消えて、また無垢な表情になる。

「でも、見エナイのは?月、在ルノニ。」

「新月だよ。」

「こうじ、どうして――、」

ドウシテ、ソコ真ッ暗ナノ?

口を閉じた。

「どうしたんだ?」

「何でも、ナイヨ。」

約束したもの、見失ウッテ




祐希が急に抱きしめてきたので、昂治は顔を上げた。

「なに?」

優しくすると言った祐希は、本当に優しく接した。
だが、いささか優しくしすぎたようで、昂治の声は掠れていた。
一つのベットに二人は一緒に寝ている。

「……祐希さ、また背が大きくなったな。」

抱きしめる腕が緩み、囲まれたふうになった。

「ホラ、袖が余ってるだろ。」

祐希から服を借りていた。

「悪かったな、俺の服で、」

「悪くないよ。」

花咲くような笑みに、祐希は目を伏せて相手の肩口に顔を埋める。
身じろいで、そっと昂治はそんな弟の頭を撫でた。
云ってくれる?
聞かせてくれる?

「…なぁ、なんで…リフト艦に来た…?」

「それは…、」

祐希は頬を寄せた。
微笑んでいるのか、温かい感じがする。

「…おまえ…と一緒に…いたいな…と思ってさ。」

ホントニ?
少し祐希が震えているのに、肩口に埋めている顔を見ようとする。

「寒いのか?」

――兄貴の身体、冷てぇ…

ぬくもりがないわけじゃない。
そう感じただけだ。
温度は確かに伝わり、自分の体を温めている。
だが、とても冷たく感じた。

「寒くねぇ…、」

冷たい

「寒くねぇよ。」

冷たい
冷タイ、寒イ、凍エソウダヨ

「あったけぇ…よ。」

身体の震えを抑えて、祐希は昂治を強く抱きしめた。

「祐希もあったかいよ。」

落ち着いた呟き。

兄貴、寒イヨ

「兄貴、あったかい……、」

祐希は嘘を吐く。
それから少したって、祐希は寝息をたて始めた。
昂治は微笑みながら、相手の頭を、背中を撫でていた。
ピタリとその手が止まる。
蒼白に近い肌をして、抱きしめている腕を外す。
祐希にしっかりと布団をかけて、離れようとした時だ。

「っ!?」

ガシッと腕を掴まれた。
起きているのかと思ったが、穏やかな顔の寝顔が見える。
無意識の行動なのだろうか

――祐希…、

嬉シイ、嬉シイ

そう思う自分が嫌い
その手を外して、布団の中に入れてやる。
ふらつくような足取りで、昂治はトイレへ行った。
ドアを開け、すぐに閉め、カギをかけて。
トイレのフタを開け、バタリと昂治は膝をつく。
首をうなだれ、

「…うぐ、げほっ、かはっ…、」

嘔吐する。

「っ、ごほっ!!かはっ、っ!!」

嫌な水に落ちる音。

「ぅえっ!?っっ!!」

荒い息のまま、昂治は顔を上げた。
後ろに倒れるように尻をつき、口を拭って、天井を仰ぐ。
助けて、恐い、恐い、助けて
助けて、祐希
顔を左右に振って、昂治は息を整えようとする。

――贖ってやる…。

「痛い、イヤ。」

夜に合う声が聞こえる。
いつのまにか、ネーヤがいた。

「痛み、消えナイ。見えナイだけ。」

そっと座っている昂治を、後ろから抱きしめた。
頬を寄せて、相手の感触が伝わる。

「何も、デキナイ。ネーヤ、助けられナイ。
イヤ、イヤ、こうじ、痛い、痛い。
イヤだよぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーー!!!」

泣いている。
そう思えた。

「ごめん、ネーヤ。」

「違う、違ウノ…こうじ。」

「謝ってばっかだね、俺は。」

昂治は目を閉じ、回されているネーヤの腕を撫でた。

――贖ってやる?

「…はは、ははは。」

乾いた笑声を出す。
嘲るような、そんな声だった。

贖ウモノハ、ココニ胚胎シテイルト云ウノニ

瞳を薄く開け、前にある便座を見た。
自分は今、何を吐き出した?
きゅっとネーヤが抱きしめる腕を強める。

漆黒のゲル

贖うものは、ここに胚胎している。







祐希は静かに作業していた。
メンテも慣れたもので、あまり体の負担にもならかった。
もっとも、初めから負担にはなっていなかったが。

ナンデ、リフト艦ニ?

オマエト、一緒ニイタイカラ

ホントニ?

ピーーーー!!!

エラー音が鳴って、祐希は舌打ちをした。

「祐希、めずらしいわね、」

「カレン、」

横にいたカレンが覗き込んでいたのに、祐希がじっと見る。
なかなかじっと真摯に見ない祐希が、そんな瞳を向けたものだから
正直カレンはどぎまぎした。
と云っても、表情はいつもとあんまり変わっていない。

「なに?」

「調べてくれ。」

「なにを?」

顔が近づいて来たのに、カレンはますます驚いた。
少女ならキスされる思っても罪ではないだろう。
だがキスはされず、祐希の唇は耳の方へいった。

「兄貴が、なんでリフト艦に来たか。」

「……、」

ため息がつきたくなった。
やっぱり、最大の恋敵はお兄さんである、昂治だと再認識する。

「直接聞けばいいじゃない、」

すっと離れて、いつもの不機嫌そうな表情になった。

「イヤならいい。」

「わかった、わかった。調べておく。」

――ちょっと泣きたいかも…。

仕方ないか、自分を慰めてカレンは作業を再開した。
その時、さも嬉しそうな幸せそうなイクミの声が聞こえる。

「今日もいい感じにイイですよ、昂治クン∨」

「なにが、」

そんな声に素っ気ない調子で昂治が返していた。

「全部!全部!病気なくらい、俺めろめろだよ。」

「病気じゃないか?頭が、」

「冷たいお言葉どーも。今更、思うけど昂治なかなか口悪いな。」

「悪かったな。」

少しむっとしたのか、唇を尖がらせた表情になる。
そんな拗ねた感じの顔も可愛かったりするものだから、
役得を感じたりする。

「怒らないでぇ、こうじぃ。」

甘えた調子の声に昂治が、ぽんっとイクミの肩を叩いた。

「気持ち悪い声で言うな!」

「んにゅー怒られちった。」

「あのなー、」

ふとイクミが目を逸らしたので、昂治はピタッと言葉を止める。

「イクミ?」

伺うような声に、イクミが笑顔で言う。

「あのさ、俺のコト嫌い?」

「え、好きだけど。」

即答したのに、赤くなりつつイクミは微笑んだ。
多分、いや確実に昂治が言った“好き”はイクミが抱く
“好き”とは違うだろう。

「やっぱね、たまには命を第二にしようかなって。」

「は?」

そこにいる全員が何を言っているのか解からないだろう。

「どんな俺でも嫌いにならない?」

こくんと訝しみながら頷く。
するとニッと笑い、イクミが昂治の両肩を掴んだ。

そのまま――

ちゅっ
そんな可愛い音がするキスをした。

「……、」

リフト艦内が静かになる。
当のされた本人も目をぱちぱちさせている。

「こんなコトしても?」

「…あ、まぁ…嫌いならないけど…、」

黒い影が近づいたかと思うと、イクミがバッと後ろを見た。
バシッ!!
飛んできたのはノートパソコンだった。
それを上手にイクミは取る。

「ふふふ、いつも同じ手にはかからないですよぉ、弟クン。」

祐希が歪んだ笑みを浮かべている。

「危ないでしょ、投げちゃー。」

「悪い、手がすべったっ、」

ゴンとイクミの顔にデーターチップの束が投げぶつけられた。
鼻の頭を真っ赤にして、イクミが祐希を見る。

「今、言いながら投げただろ!!暴力男は嫌われますよ!!」

「うるせぇ!!この変態野郎がっっ!!」

「あーあー、男の嫉妬は醜いぜ?」

「ぅ尾瀬ぇぇぇぇ!!!!」

呆然としていた昂治が、意識を取り戻したようにケンカをする
二人の間に入った。

「なにケンカしてんだよ!」

ケンカの元である者が止めるのだから、二人の動きはすぐ止まる。
かと言って、昂治はそんな事に気づきもしないが。

「まったく、いつでも俺が仲裁に入れるわけじゃないんだよ。」

「っ!?」

ビクリと祐希が震える。

「祐希?」

昂治が心配そうに見てくるが、睨んで自分のいた場所に戻っていった。

「なんか、俺…悪いコト言ったかな。」

「万年反抗期でしょ、もう人間性じゃないか。」

「そうかな…。」

「そうそう。」

イクミはニッコリと笑った。

――もう、ライバル宣言したもんね。

フォローなど入れないと決めていた。
だが、イクミはぽんっと昂治の肩を叩き、

「怒ってるのは、俺のコトだと思ういますよ。」

そう軽いフォローを入れたのだった。




ドウシテ、赤ナノ?

さぁ、わからない

赤ニ見エルノ?

…ネーヤが、呼んだんじゃないのか?

呼んだ、けどソレ…ネーヤの声ジャナイ

そっか

受け入れれば、痛クナイ…でも、それは

そうだね、

こうじが、痛いのイヤ





数日がすぎて、カレンが多少ため息をつきながら
祐希の前に立った。

「わかったのか?」

こくこくとカレンは頷いた。
ここはちょっとした広場で少し離れた所に、
昂治がイクミ達と楽しそうに会話している。
そちらに顔を向けて、また祐希を見た。

「本人に直接聞いた方が、いいと思うけど。」

「教えろ、」

「もぉーせかさないでよ。お礼とかないの?」

目を伏せて、祐希は昂治の方を見た。

「上手く、いってるんでしょ。お兄さんと…、」

「いってない。」

カレンの言葉に少し青ざめたように思える。
それはすぐに消えるが。

「で?」

「それがね……祐希?」

内容を言おうとした時、祐希の顔が凍りつく。
カレンが覗き込むと、おもむろに走り出した。

「ちょっと!?どうしたの!」

すぐに走り出した祐希を追いかける。

「おもしろそうだろ、」

「そうだな。」

イクミに笑いかけて返事をする。
ちょうど昂治の肩越しに、あおいが走ってくる人物を見た。

「あおいちゃん?」

首を傾げたあおいに、こずえが不思議そうに声をかけた。

「あれ…祐希…、」

ファサッ

布の掠れる音がした。
急な出来事だが、周りはシーンとなる。
祐希がちょうど昂治の側についた時、崩れるように昂治が倒れたのだ。
上手に走ってきた祐希は昂治を受け止めた。
カクリと首をうなだれるのに、昂治が気絶した事を知らせている。
力のある祐希でも、気絶した人間の身体は重かったらしい。
重さを軽減するように昂治を抱えたまま膝をついた。

「おい、なにしてんだっ」

呆然としているイクミ達に言う。

「医務室だろ!!」

祐希が怒鳴り、そのまま昂治を抱き上げた。

「ちょ、昂治!どうしたの!!!」

「落ち着け、蓬仙。医務室に連絡する。」

イクミが冷静な態度で言った。
そんなイクミだが、表情は真っ青だった。

こうじ…オ願イダカラ

アナタノ声ヲ――

そこは暗かった。
ただ、一歩前だけ灰色の道が見える。
そこは暗かった。

――ここは?

昂治は辺りを見渡した。
見渡すといっても、黒い闇ばかり。
意味がないが見渡した。

「お兄ちゃん!!」

呼ぶ声。

「お兄ちゃん、どこ?」

小さな子供の声。
小さな子供―祐希の―声。

――ここだ!ここだよ!!

走ってきた。
闇の中から走ってきたのは、幼い頃の祐希だ。

「お兄ちゃん、どこ!!どこにいるの!!!」

――祐希!見えるだろ!!

自分の前に立ち止まって、幼い頃の祐希は見渡す。

――祐希?

「お兄ちゃん!どこぉーーー!!」

走り出す。
ぶつかると思った。
衝撃はくる事はなく、するりと子供はすり抜けた。

――っ!?

振り向くと同時、幼い祐希の足元の道がなくなり、
がくんと祐希は下に落ちる。

「わぁぁぁぁーーーー!?」

――祐希!?

急いで落ちていく祐希に手を伸ばした。
確かに掴んだハズなのに、するりと抜けて祐希は下へ落ちていく。

「お兄ちゃぁぁぁーーーん!!!!」

――祐希ぃぃーーーー!!!

追おうするが、そこはまた灰色の道に戻っていた。
静かになった。
昂治は体を震えさせ、自分で自分を抱きしめた。

「コッチニオイデ、」

呼ぶ声。

「コッチニオイデヨ。」

知っていて、知らない声。

「痛インデショ、ココニ来レバ痛クナイ。」

昂治は首を振った。

――祐希が、祐希が!!

「…彼ハ、ズット前カラ下ヘ堕チタヨ。

ココハ空ノ上ダモノ。
ソレニ君ハ助ケナカッタダロ。」

――手がすり抜けたんだ!!

その声は笑ったようだった。

「君ガ呼バナイカラ…君ノ所為ダネ。」

昂治の周りの道がなくなる。
そして辺りの闇が昂治を取り囲んだ。

「コッチニオイデ。」

ひしひしと闇が身体に触れてくる。

「っああああああああーーーーーー!?」

自分の声。

闇に犯される
闇に浸される

アノ月ミタイニ?

ずきんと頭が痛んだ。
ぼんやりと映ったのは白の天井だった。

「昂治、平気か!?」

すぐにイクミの顔が映る。
瞬きをして、昂治は思考した。

「倒れたんだよ、おまえ…、」

自分はベットに寝かされ、イクミは覗き込みながら側のイスに座っている。

「俺が…?」

「そうだ。具合が悪かったんなら、早く言ってくれよ。」

そう言って、イクミは起き上がった昂治を抱きしめた。

「イクミ?」

「よかった、ホントびっくりした…、」

微かに震えているイクミの背を撫でながら、昂治は上を仰ぐ。

「…おまえが運んだのか?」

黙るイクミに顔を覗き見ようとする。
すっと簡単に相手は体を離し、じっと昂治を見つめた。

――あ……、

違うのだけれど、その瞳の強さはある人を思い起こされる。
思い出したコトに昂治は自分に嫌気がさす。

醜い
醜い、醜い…

「祐希クンですよ、運んだのは。」

「え?」

呟き、諦めの声にも聴こえた。
イクミはふっと笑う。

「俺が運んだコトにしてもいいけど、それはフェアーじゃないし。」

何の話かは昂治にはわからない。
それ以前に、祐希が運んだと云うコトに一種の歓喜を感じていた。

「昂治がさ、倒れる時どこからともなく、
ぱーって来て…おまえを受け止めた。」

「ぱーって?」

「…なんか昂治が倒れるって解かってたみたいだった。」





「もう、びっくりしちゃった!」

カレンが廊下の壁に寄りかかっている祐希を見た。

「そろそろ目が覚めるたんじゃないかな…いいの?」

「……調べたんだろ、教えろ。」

肩をひょいっと上げて、目をつぶった。
そのまま祐希の横に行き、同じく壁に寄りかかった。

「お兄さん本人から、申し出たみたい。」

黙っている祐希を掠め見て、話を続ける。

「スフィクス――ネーヤさんと仲がいいでしょ。管理の人も大歓迎。
この頃、ネーヤさんの調子も良くなかったみたいだし。」

「……、」

祐希は天井を見た。

ナンデ、リフト艦ニ来タノ?

オマエト一緒ニイタイカラ……

――理由はソレなのか?

顔を下げ、俯く。
本当にそうなら、とても嬉しい。
けれど、何となく祐希は納得が出来なかった。
その納得できない理由も不確かなモノで、ますます悩ませる。

――リフト艦には俺がいる…。

信じていいのか。
それが昂治の声なのか。

公私混同するなよ

――あんたがしてんじゃねぇか。

祐希…好きだよ

――リフト艦には何がある?

ふと頭に記憶がよぎる。
苦しみに歪む顔。
辛さに震える躯。

ネーヤ…っ!!

「祐希?」

ゆっくり祐希は顔を上げた。
その瞳は怒りが宿る。

「ネーヤ…がいる。」

「どうしたの?」

嘲笑を口に浮かべる。
何故、今まで気づかなかったのか自分を馬鹿にする。
ひどく簡単な事だ。

「ちょっと、どこ行くの!」




ベットから体を下ろして、立ち上がった。

「もう、大丈夫なの?」

イクミに体調は平気だと、あおい達に知らせてと頼んだ後だった。

「はい。すみませんでした。」

足早に昂治は医務室を出た。
少し歩けば、ネーヤ待っていたように立っていた。
苦笑いをしながら、昂治は駆け寄る。

「…こうじ、」

駆け寄った昂治の手を握って、ネーヤは導いた。
導かれた場所は、何故か人がいない展望室だった。
擬似映像が映し出されているようで、いつもの宇宙ではなかった。
照明がそのためかは知らないが、少し暗くなっている。

「こうじ、暗イ…痛イ、もう溢れるよぉぉ。」

「…ネーヤ、」

眉を寄せて、ネーヤは昂治を抱きしめる。

「零レル、零れる…壊れちゃうヨ。」

「ごめん…謝ってばっかだな…ホント、」

すっとネーヤが体を離した。

「気ヅイタ、気づいた。」

そのまま上に舞い上がる。
昂治はそれを見上げた。

「来る、来ル…ネーヤ、見失ッテルカラ…いちゃダメ。」

そう言って、天井に溶け込むように消えた。
昂治は息をつき、下を向く。
その時、耳に足音が聞こえた。
その足音はすぐ近くで、振り向きながら顔を上げた。

「…祐希、」

息を散らしているトコから走ってきたのだろう。

「兄貴、聞きたいことがある。」

声は焦りに似た声色で、じっと昂治を見る。
何かと首を傾げた。

「どうして、リフト艦に来た?」

「…それは、前にも言っただろ…。」

ぎりっと奥歯を噛む音がする。
一目瞭然、祐希は怒っていた。

「祐希?」

「嘘だろ、嘘なんだろ。
そう云えば、俺が気が済むとでも思ってのかよ。」

黙って昂治は祐希を見る。
気に喰わないとでも言うように、祐希は睨み返す。

「ネーヤがいるからだろ!!ネーヤがいるからっ、リフト艦に来たんだろ!」

ぴくりと昂治の肩が震える。

「何言って…、」

「気づいてないとでも、思ってのか!このバカ兄貴がっっ!!」

昂治との間を縮める。

「全部、嘘なんだろ。アンタは俺を好きじゃないんだ。」

「なに言ってんだよ…ゆう、」

「呼ぶな!アンタは俺なんか好きじゃない。

ただの手に負えない弟だって思ってんだろっ!!」
昂治の瞳が揺れる。
祐希の瞳も揺れている。

「そんなコト、思ってない…俺は、」

「なら、なんで何も言わねぇんだよ!!」

その言葉に昂治は眉をしかめる。

「言わない?」

「てめぇのコト、俺に言わねぇだろ!アンタはっっ!!
なんかあるんだろ!苦しんでんだろ!!!」

昂治は自分の手を握る。
相手の瞳の光に震えさえ覚えた。

「言って欲しい、でも言わねぇ。だから俺は優しくした。
冷たくした。あしらって、ヒドイ事もした。でも、アンタは言わねぇ。
どうして言わない?そんなの簡単なコトだ、アンタは俺を好きじゃない。」

「違う、」

「言ってくれると思った。信じて、待った。
でも意味ないよな、アンタは俺なんか好きじゃねぇ!」

昂治は首を左右に振った。

「アンタは俺なんか好きじゃねぇ、」

「違う、違う、」

「アンタは俺なんか愛しちゃいねぇんだよ!!!」

「違うっっ!!!」

「アンタは俺が嫌いなんだ!!さぞかし無様に見えただろ!!」

「ちがぁーーーうっ!!!」
祐希の声に負けないくらい、昂治は大声を上げた。

「俺はっ……、」

パシンッ!

乾いた音が響いた。
遅れて、昂治は右頬に痛みを感じる。
そっと頬に触れれば、熱を帯びている。
平手で祐希に叩かれたのだ。
考える間もなく、祐希は昂治の手を取り、

パシンッッ!!

数倍の強さで自分の頬を叩かせた。
驚きで昂治の瞳が見開く。
取った手を離し、祐希は昂治の肩に手を置いた。

「痛ぇだろ、俺だって痛ぇんだよっっ!!!」

――あ……、

「祐希……。」

黙っている祐希はひどく辛そうだった。

――そんな顔させたいんじゃ…ない。

肩に触れる祐希の手は震えている。
自分も震えている。

――そんなつもりじゃ……。

現に昂治が避けたいと思っていた事態になっていた。
辛い、痛い、苦しい
それを味あわせたくなかったのに、
今の祐希はその全てを背負っているようだった。

「俺は…祐希が好きだ……」

「じゃあ言えよ、兄貴。」

「……軽蔑する、絶対…軽蔑するよ、」

首を左右に振る祐希は、本当に辛そうだった。

「俺は…おまえの傍にいたい。」

声が震え、掠れている。
祐希は静かに見ている。

「ずっと…傍にいたい…。」

「いればいいだろ。」

睨むように昂治は強く相手を見た。

「何かを…犠牲にしても、かまわない!
それでも、祐希の傍にいたいって思ってる!!!
何かお前を苦しめるモノがあるんだったら、
消したってかまわないとだって思ってるんだよ!!」

「犠牲にすればいいだろっ!俺は軽蔑なんかしねぇ!!」

息をついて、優しい光の瞳を祐希は向けてきた。

「俺だって、アンタが、兄貴がいればいい…何だっていいんだ。
アンタ何であれ……兄貴だったら…」

その言葉に体が震えて、瞳が揺れる。
自分は今まで何をしていたのだろうと、責める。
苦しめないようにと考えていた事が、逆に相手を痛めつけていたのだ。
感情が溢れ出すのを昂治は感じた。
青い瞳が滲み、静かに透明な雫が頬を伝った。
涙。
気のせいでなく、それは次々と頬に筋をつくっていく。
何か言おうとした祐希の胸元の服を掴む。
服を握り締め、涙を流したまま祐希を見た。

「…っ…、」

昂治が唇を開き、咽喉がひゅっと鳴った。




ネーヤは艦の上から宇宙を眺めた。

「聞コエル、同じなのに…ネーヤ、聞こえナイ。」

空に左手を上げた。
星々に触れそうだが、決して触る事はできない。

「見失ウ、でも消えナイ。」

手を下ろして、自分の体を抱きしめる。
そして瞳を伏せた。



叫びだった。
涙に震え、裏返っている声。

「死にたくない……、」

ずっと胸に抑え込んでいたモノ。
しゃくり上がりながら、昂治は縋るように祐希を見ている。

「生きたい、生きていたい、」

声のない叫びが、吐き出される。
擬似映像は地球の物なのか、月が映し出される。
それは下弦の赤い月。
祐希の瞳が見開く。

「死にたくないよぉぉぉーーーーーーーーーーーー!!!!」

聞こえなかった、アナタの声が届く。









夜は液化して

アナタを犯し

ついに月は痩せて

さらさら哭いていた





(続)
生きていたい。
この言葉は好きです。
いや…もっと上手に書けるようになりたいですね。

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