+++フォース・ディアボロス+++
2137年。
太陽から発生したコロナフレアが、地球の公転軌道をほぼ水平に放たれる。
原因は未だ不明。
地球は南半球が呑み込まれ、17億人以上が死滅。
残留コロナフレアにより復興不能。
現象は地球のみならず、太陽系全土にまで拡大。
のちに太陽系全土を覆い尽くしたコロナフレアは『ゲドゥルド』と名づけられる。
ゲドゥルド内は高温、高圧、常に重力異常が発生。
徐々に太陽系はゲドゥルドの『海』に犯されつつあった。
即ち、人類の滅亡を示唆していた。
人類箱舟計画:ヴァイア・プロジェクト
ゲドゥルド内にて発見された珪素生物『ヴァイア』。
高い知能と単体で重力場形成できる能力を持つ。
そのヴァイアを用いた航宙艦を建造、重力制御能力と特殊能力で
惑星ごと太陽系から脱出する偉大なる計画。
計画は成功したかのように思えた。
だが
『箱舟』に搭乗できる『人類』は総人口の20%も満たない事が発覚。
反乱が起こる。
全太陽系統治の中心である地球が太陽系連邦軍を設立。
土星、天王星を中心に設立された反太陽系連邦軍が勢力を揮い出す。
期限付きの第一次太陽系戦争の始まりだった。
『第12部隊、M345地区到達』
『第23輸送部隊A班、目的地到着、任務遂行』
「……了解、第34通信システムに繋げます」
横の画面に映し出される通信に応え、操縦席に配置されたキーを
擬古地なく打ち出していく。
軽装ながらも精密な造りのパイロットスーツはヘルメットから多少見受けられる
情けなさと幼さを残す顔の所為か、あまり似合ってはいない。
似合う似合わない以前に、醸し出されている雰囲気が
場不相応だと感じさせた。
彼の名は、相葉昴治。
太陽系連邦軍に所属している通信セキュリティ要員の一人。
軍養成高等学校の生徒で、正軍人ではないが人員不足の為
資格を得ていない彼でも出撃を要せられるのは珍しい話ではなかった。
地球の南半球は、雪のような白い灰が降り積もり、一面の銀世界が広がる。
淀み覆われた空と隆起の多い地形は不便であり、基地を設置するには不都合が
多すぎるのだが、エネギーとして使用されるヴァイアが豊富に産出される場。
地球内の連邦軍としては、侵略されては困る場所の一つだ。
だが、宇宙へのコロニーを基点とした戦闘が行われている中、
人員不足は深刻化していた。
戦闘要員ではない昴治が、最前線に配置されていないものの
最前線部隊に所属し、戦闘用機体『ヴァイタル』に乗らざる終えない理由の
一つだった。
「やっほー、そっちは大丈夫っすか?」
乱入するかのように、陽気な声で通信が入った。
キーの打つ手が一瞬止まり、昴治の眉が顰められる。
「………」
「あれ?通信、入ってないですかねぇ」
ピロポロポロン♪
可愛らしいメロディが流れ、画面横マップにマーカーが勝手に映し出される。
勝手にだ。
システムに無断にハッキングされ、介入されているのだ。
「オマエな!邪魔するなよっ!」
「いや〜ん、怒らないでぇ」
通信画面が映され、そこには、ニコニコと笑っている青年がいた。
灰色の髪に碧の瞳。
品の良さそうな雰囲気を持ち、人の良さそうな雰囲気も持っている。
昴治とは違い、パイロットスーツを着くずし、ヘルメットはしていない。
代わりに脳スキャンするスキャン器具が惑星の軌道のように
頭の周りをぐるぐると回り浮いていた。
「状況解ってんのか!イクミ!!!」
イクミ、彼の名は尾瀬イクミ。
昴治と同じ軍養成高等学校の生徒であるが、ただ戦闘モジュールの
構築能力が高く、ほぼ最前線に配置されている戦闘要員だった。
「解ってる」
落ち着いた声に、昴治は神妙な表情になり声を詰まらす。
イクミはニコリと微笑み、そして真摯な表情になった。
「こっちの方で、ある程度止めるけど漏れると思うんだよね
危なかったら、すぐ離脱かアボートかけてくださいネ」
「おい、イクミ」
「昴治はパイロットじゃ、ないんですから」
微笑み、イクミが何か告げようとした時だ。
『第21部隊、襲撃……状況不明っ、』
「あらら〜、もう来たようっすね!じゃ、そゆコトで!」
通信側から、激しい銃撃音と爆発音が響き出す。
「おい!」
「お邪魔しちゃったんで、ちょいと通信処理しておいたんで
帰ったら、奢ってくださいねv」
昴治が口を開く前、ニッコリと笑い強制的に通信が切られた。
点滅していたマーカーも消えている。
すぐに他画面を見ると、遅れていた通信システムが快速に進んでいた。
「アイツ……」
処理を誰が行ったのか、言わずもがな判断できる。
唇に手を当て、溜息をついた。
『E328456、応答願う。こちらキャンベル』
「え…あ、はい」
ぼんやりしていた昴治は、慌てて応答する。
『視界モードに切り替え、戦闘配置へ』
「了解」
前の画面を視界モードに切り替えると、機体視力カメラの擬似映像が
360度全体に映し出される。
『対ヴァイタル防御システム発動中、激戦にはならない
零れ玉のような物だ落ち着いて照準に入れろ……』
「了解」
ボイスオンリーの通信は、教官であるキャンベルからだった。
『コアに当てれば、ヴァイタルは止まる。制御電子網で捕獲。
それを重要視しなさい。相葉昴治君』
「…捕獲…ですか」
『後は大人の仕事だ……解ったな』
声は優しいものだった。
告げる言葉は、人を殺めなくて良いというもので。
昴治は瞳を伏せる。
「……了解……」
『無事に帰還する事を祈る……では』
そして通信が切れた。
戦争である。
人を殺めずに済む筈がない。
それが戦争で悲惨で残酷な所だ。
言葉は、視野に映っている仲間や生徒にも告げているだろう。
殺したくない…誰も
心を見透かされているようで、昴治は唇を噛んだ。
ズガガガ、バシンッ
音と共に、機体が一つ一つ倒れていく。
それは、襲来している反連邦軍であり仲間である連邦軍でもあった。
地上戦のほとんどのパイロットは未成年が多い。
人員不足がそれに加担して、能力の低い者さえ搭乗している。
相手の戦力を減らす捨て駒となるからだ。
『尾瀬、援護はっ』
「しなくていい、一人で向かう!」
たくさん入る通信に迅速に答え、鈍い動きを見せるヴァイタルの中を
風のように疾走する黒装甲のヴァイタルに搭乗しているのはイクミだった。
『第47部隊、大破、離脱』
『大破しちまう!!!嫌だ!!!!』
「離脱しろ、前線は俺が出る」
キーを打ち、360度に広がる視野には多くの『敵』ヴァイタルが向かってきている。
照準マーカーと相手能力予測値がグラフとして多く映し出され、
イクミは唇を笑ませた。
両サイドにある操縦桿が変形し、両手を覆う。
ガシンッ、バシンッ、ドォォォン
轟音と共に、爆煙が覆う。
その中をイクミのヴァイタルはつき抜け、対接近戦用電子ソードを出現させる。
『装甲が!!!』
「シールドを張れ!第25部隊、前進、第48部隊の援護」
『第9部隊、離脱、敵増援』
「っ」
顔を歪め、電子ソードを相手ヴァイタルへと振りかざす。
真っ赤に染まるほどのマーカー出現に、それでも動きは止まらなかった。
付属のホーミングミサイルが発射すると同時、弾幕が上がるよりも速く
ヴァイタルは動き、その電子ソードで敵ヴァイタルのコアを砕く。
動きは機体と思えぬほどの俊敏さで、まるで人間そのものが動いているような
ものだった。
バシィィンッ
マーカーが一気に消滅していく。
イクミのヴァイタルの動きは止まらずに、尚も迫りくる敵へとソードを揮う。
『ソード持って突っ込んで来てんのは、かの有名な尾瀬君か?』
強制的に通信が割り込む。
「誰だか、知らないですけど…余裕じゃないですか」
イクミは周りを見渡し、出現するマーカーを確認する。
鈍い青装甲のヴァイタルがこちらへと向かってきている。
『驚きだぜ、捨て駒ゾーンだって聞いたが……一機も突破してねぇし
破壊数多いのテメェだしで……いやいや、ビックリだぜ?』
青装甲のヴァイタルが同じく電子ソードを振り下ろしてきた。
イクミは何なく受け止め、切り飛ばした。
向こうの動きもそこそこ俊敏で、すぐに体勢を直す。
「無駄口叩いてる暇、ないんじゃないか?」
『まぁ、普通はな…だが、今回は第6エリアの突破は確実だからな』
「此処が突破できないのに、行けるワケがない」
『空から、できるだろ?地上戦は空がほとんどがら空きだ』
相手の言葉にイクミは軽く笑った。
突進してくる相手を避け、ソードを振る。
「防御バリアが破壊されていない。空から襲撃は無理だ」
『ヴァイタルでの話だろ?尾瀬君』
ドォォォォンッ
大きな爆発音が響く。
ビクリとイクミの体が震え、画面右端に電子マップ表示がされた。
自分のいる場所ではない。
第6エリアのマップだ。
表示された、そこにマーカーが一つ点滅しだす。
「な!?」
種別不明の何かが第6エリアへ侵入。
イクミはすぐに基地と第6エリアへ通信しようとするが
何者かの防御ウィルスにより通信不能となっていた。
『尾瀬!援護する!!!』
襲いくるう赤装甲のヴァイタルを別ヴァイタルが払った。
「ラリィ、マルコを連れて第6エリアまで後退」
『おいおい、俺との、おしゃべり終わってねぇぜ?』
イクミは唇を噛み、先手を切る。
相手のコアにソードが届く寸前、同じ青装甲のヴァイタルが防いだ。
『もー何やってんのよ』
『任務遂行してやってんだろー…』
『あはははは!なにぃーこれ!ボロボロじゃん!!』
青年の声に被さるように、落ち着いた響きの女と高めの笑声の混じった
少女の声が通信に割り込んできた。
「くっ」
『尾瀬、援護する!!マルコに先、後退させた!!!』
「ああ、すぐ撃破する」
碧の瞳に鋭さが宿り、イクミは動き出す。
『あまり甘く見られちゃ、困るぜ?てめぇたちに通信強制乱入できるほど
スキル持ってんだ……そう簡単にやられはしねぇ』
『えーー、あたしもやるのぉ?』
『ミシェル!ちゃんとやりなさい』
三機のヴァイタルも動き出した。
激しい爆音が響き、辺りも白を覆い消すように機体がまた一機と倒れ
終止符のない戦闘のように思わせる。
『尾瀬!!!』
「くっ、目障りなんだよ、オマエら!!!!!」
一瞬の静寂のあと、爆風と電撃のような光が広がった。
『第2エリア、数機残しほぼ大破』
『E328457、交戦中』
入る通信に昴治は瞳を伏せた。
それは戦闘の動きであり、人の生死を告げて。
(イクミ……大丈夫かな……)
イクミのパイロットとしての能力は擬似戦闘であるが
交戦した事のある昴治は知っていた。
手加減しての物であると気づいていたが、それでも強かった。
だが、だからと言って安堵できるモノではない。
『第3エリア、第2部隊一機、第6エリアへ後退』
「え?」
別通信に昴治は繋げ、移動中の機体へと通信するが応答がない。
それどころか、基地にも通信ができない。
周りに映っている仲間も、うろたえているようだ。
『おい、相葉!メイン通信入るか!!!』
「いまやってるけど、応答しない!」
『第2部隊一機――』
ガガガッ
ノイズが入りはじめ、通信がほぼ使えなくなっていく。
昴治は周りを見渡し、吹き抜けるように続く銀世界を見た。
そして厚く淀む空。
(何が起こって……)
すっと何かが空を掻く。
赤い煌きのソレは
「流れ…星?」
のように見えた。
焦る内心とは別に、空を過ぎった星に昴治の気が向く。
ピーーーッ
途端、警告音が鳴る。
別画面が自動に展開され、Warningという赤文字と共に
電子マップに種別確認不能の物体がマーカーされる。
突如現れたそれは、物凄い速さで此処第6エリアへと移動していた。
通信システム破壊、それを狙ってか。
『全員後退、離脱せよ!!』
キャンベル教官の命令がノイズ交じりで入る。
視界の前方。
アラーム音に耳鳴りを覚えながらも、昴治はそれを見た。
青く白い光柱がたち、それは空を突き抜ける。
光は集束し、そして広がるように拡散した。
それは、4枚の大きな翼が広がっているように見えて
光が発生したと思しき場所から桁違いのエネルギーが膨張する。
次の瞬間、
「うわっ!?」
青く白い光が視界を焼いた。
揺れも、衝撃もなくそれは視界が戻るまで何も起こらずにいる。
(なんだ…今の…)
視界が戻ると同時、操縦コクピットボタンの光が乱雑に動き出すのを見る。
動かしているのではなく、動かされているワケではない。
昴治は操縦桿を握り、動かそうとするがヴァイタルは微動だにしない。
(機能が停止してる……)
表示されたままの電子マップに映し出されているマーカーはやはり
高速移動をしていた。
途中ある味方機体への攻撃が一切されていない。
「なんなんだ……何が…何の」
目的で此処に出現したのか。
周りに見える機体も動く気配がなく、自分と同じ状況だと知らせていた。
メインと自機周辺に通信しようとする。
その時だ。
突如、後方から何かが接近してくるのを電子マップが表示する。
青いマーカーで表示されるそれは味方機体。
――何デ、ソンナ事スルノッ
「え…」
不意に頭に直接響くような声。
抑揚のない、その声は何かを非難していた。
昴治は耳に手を当て、周りを見渡す。
後方から無人機体が接近しているのを目で把握した。
『いやだ!死にたくない!!!』
『まだ、残っているんだぞ!!!!』
『アイツラ!!!』
雑音と、周りの機体の様々な声が乱雑に通信される。
怒りと恐怖の叫び。
そして周りの者に、昴治の瞳に映っている無人機体は確かに味方の機器。
『まだ子供が残っているんだぞ!!!』
キャンベル教官の声が響く。
同時、その機体が発光した。
接近しているのは、無人機体A−23型。
バアァァァーーーーーンッッ
広範囲電粒子爆弾を搭載する、自爆機体。
巨大な光と共にエネルギーの粒子が辺りを呑み込み、
押し潰し、吹き飛ばし破壊していく。
コクピットが爆発し、擬似視野がノイズに侵されて――昴治の意識はそこで途絶えた。
「もー、昴治ったら!!」
元気な少女の声は、
「うるさいなー、あおい」
家が近所で、いつの間にか一緒に遊ぶようになった
蓬仙あおいだった。
何処かの公園で、幼い自分は砂場で山を作っている。
「一緒に遊ぶって、約束したじゃない!!!」
「うんって言ってないだろ」
「断らなかったでしょ!ホント、いつも昴治はそう!!」
砂場で地団駄を踏み、あおいは怒鳴った。
女の子と遊ぶと言うのが、同じ年頃の友人たちにバカにされているなど
あおいは知りもしない。
強く不平を言うあおいに昴治はぶすっと顔を顰めた。
「別に、あおいと遊ばなきゃいけない理由なんてないだろ!」
「あるの!!約束守ってよ!!どうして、いつも約束破るの!!」
大きくあおいの声が響き
「――約束……破ったりしないよ……大事な……大事な約束…守るって…言ってよ」
か細い少女の声が響いた。
(……夢……)
視界が霞みながら開ける。
破壊され散らばる機器と、白い雪のような灰。
周りは静かで、黒煙があちらこちらで上がっていた。
「……俺……生きて……」
横向きで倒れているらしい自分の体を昴治は動かそうとする。
「…っぐ……」
途端、体全体に痛みが生じた。
痛みは痛みで鈍っていくほど強く広がる。
(痛い…痛いな…すごく痛い……)
周りは静か。
思考は少し霞みがかかっている。
どういう状況なのか動けない昴治は、けれど重傷なのは理解できた。
(このまま……死ぬのかな……)
痛みが全てを覆う。
ならば、即死だった方が幾らか楽だったろうに。
じわじわと真綿で首を絞められているようなものだ。
サクッ、サクッ
足音が耳に届く。
痛みに顔を上げる事はできず、見える視野に入ってきたのは
人の足だった。
判断する前に
「うぐっ、」
その足は仰向かせるように体を蹴った。
痛みに呻き、そして咳き込む。
口内に鉄の味が広がった。
「……腹部損傷……死ぬな、アンタ」
凛と響きの良い青年の声。
冷たい言葉に、瞬きをし霞む視界の中、瞳を声をした方へ向けた。
声相応の青年が瞳に映る。
黒髪に青い瞳、秀麗な顔つきは見知ったモノではなく
その服装は些か形状は違うが反連邦軍の制服だった。
「……げほっ…ごほ、」
乾いた咳と共に唇と下顎まで濡らす。
それは自分が血を吐いているのを解らせた。
「能なしが戦闘に出た結果だ……即死しなかっただけ
運が良かったのかもな………バカなりに」
苛立ちはけれど、痛みによって消える。
何もかも、どうでも良く思えてくるのだ。
「……そろそろ…死ぬな」
何とも思っていない、感情のない声。
(ああ……死んじゃうな…俺…)
薄く瞳が閉じようとする。
全てが無に闇に。
ぼんやりとしてきた思考に、痛みはさらに酷くなっていった。
「……」
伸ばされた手に、息の根を止められるかと思われた。
だが、その手は額にあてられ、ゆっくりと頭を撫で出す。
「…っ……」
瞳を見開くも、相手は投げかけた声とは裏腹に優しく頭を撫でる。
それは助ける意志はないと思わせつつ、
けれど死に絶えるまで傍にいると知らせているようだった。
ひどく優しい。
(……きもち……いい……)
痛みは引く事はなかったが、和らぐような感覚を感じさせた。
瞼が重く、徐々に視界が閉じていく。
全てが闇に染まった時、二度と光は広がらなくなるのだろう。
「………」
瞼が閉じるその寸前だった。
視界に何かが過ぎる。
「……げほっ、ごっ……う、後ろっ…」
「っ」
自分が何をしたのか解らずにいた。
最後の力を振り絞り、痛みに悲鳴を上げた体を起こし
倒れこむように青年を覆った。
視界に過ぎったのは多弾頭ミサイル。
何処から撃たれているのかは解らなかったが
バアァァァァァンッッ
大きな爆発音と共に一面に光が広がった。
此処で死ぬのだな、と昴治は温もりを感じながら意識を手放した。
『お、終わったみたいだなぁ〜』
笑い声の混じった声で、赤装甲のヴァイタルが後退する。
イクミの電子ソードは別のヴァイタルにより防御された。
『後退するよ』
『はぁーい、あははは!!』
「待て!!!」
既に辺りで機動している機体は、赤装甲の3体とイクミのだけだった。
後退する三機に攻撃を仕掛けようとした時、
三機共、変形し飛行形態へと変わりすぐ様飛び立つ。
飛行形態になれないイクミのヴァイタルは、すぐに対空用兵器を出すが
相手の機体は速く、
『じゃーな、尾瀬っ!』
飛び去った。
何発かビーム砲を発射させたが、追撃した反応はなかった。
イクミは唇を噛み、電子マップを見る。
「……」
ダンッ
強くコクピットを叩く。
「……くそ……っ」
怒りとも言えぬ表情で顔を歪め、ヴァイタルを動かし出す。
「ラリィ、聞こえるか」
『……悪い……動けねぇ、機体に損傷だけだが…』
「撤退した…時期に救護班が来ると思う……俺は第6エリアに向かう」
『解った』
ノイズ交じりの通信を聞き、イクミは第6エリアの方へと機体を加速させた。
周りに倒れる機体。
全て生命反応が電子マップに表示されていた。
「……俺じゃ……ダメなんですか……」
第6エリアを除いて。
広いフロアに光を取り入れる大きな窓。
重厚な雰囲気を感じさせる室内は、南半球第A区を統治している基地内にある。
中央よりにある大きなデスクに肘を突き、息をつく男がいた。
呼び出しの音が鳴り、男はデスクにあるボタンを押す。
すると奥の扉が音をたてて開いた。
中肉中背のスーツ姿の男が、礼をし中へ入ってきた。
床にある大きな太陽系連邦の章を過ぎり、
「……第6エリア部隊、大破。キャンベル中尉、殉職」
「矩継、それは既に知っている、ゲシュペンストの事だ」
矩継と呼ばれた男は礼をし、そして男を見る。
隙のない雰囲気を醸し出しているこの者、この区域を統治し軍の指揮をしている
太陽系軌道保安庁の長官、セルゲイ・ベルコビッチだった。
「降臨した模様ですが、すぐに消失しました。
ヴァイアの痕跡などなく――」
「……見失ったか……まぁ、いい。
反撃へ来ないのなら、ダメージを与えたのには変わりない」
「ですが、第6エリアの――」
くるりと横を椅子ごと向き、セルゲイは瞳を顰めた。
矩継は瞳を伏せ、頭を下げる。
「第6エリアがどうした」
「……いえ」
「――反連邦軍機『A−23型』による殉国者の冥福を祈る……下がれ」
言葉に深々と頭を下げて矩継は背を向けた。
扉の前で振り返り、もう一度礼をする。
「失礼しました」
そして開いた扉から外へと出た。
すぐに扉は閉まり、一切の入室を拒まれる。
矩継は瞳を伏せ、顔に手を当てた。
「……っ……」
顔は酷く歪み、瞳はゆっくりと閉じられた。
――此処カラ…出シテ、僕ヲ……此処カラ
響いた声は小さな子供のようで、しかし年を重ねた大人のモノにも
聞こえる不思議なものだった。
サァァァァァ……
そして強く何かが吹きぬけるような音が耳に入った。
(……ああ、これは灰嵐の音だ……)
砂漠の砂嵐と同じ、灰が吹き荒れる。
その嵐の中、息は出来ず何か防げる場所へ必ず避難しなければ
ならないと学校の最初の授業で聞いたのを昴治は思い出した。
(洞窟とか……防壁のある地域内……天国にも灰嵐があるんだな)
真っ暗だった視界が二、三度の瞬きの後開く。
(つーか…地獄かな?)
凹凸のある岩の天井は、自然に出来た洞穴のようだ。
「……目、覚ましたのか?アンタ」
「…ああ……」
掛けられた声に返事をする。
数秒の間、昴治は周りを見渡した。
片腕を突き、覗き込んでくる青年の顔がある。
「あ?ええ…俺っ…う……」
痛みはほとんど引いていたが、体はほとんど動かない。
せいぜい手と足を上下に動かせる程度である。
「生きてるな…アンタ」
「な、何で…俺…怪我……つーか、オマエ」
片方の手が胸元を指す。
昴治は瞬き、相手を見た。
「アンタの血液型は?」
「…は?」
「ドッグダグ、付けてねぇだろ」
「え?ああ、あれ?付けてた筈なんだけどな」
ぼんやりと言う昴治に相手は瞳を細めた。
「血液型、」
「ああ…O型」
此処で昴治が何も思わなかったのは、少しの混乱の所為だ。
相手は間違いなく反連邦軍の者だ。
敵なのである。
「Oか……ダメだな」
「……ダメって?O型なの、いけないのかよ」
少しむっとした顔をする昴治に彼は冷たい眼差しを向けた。
「輸血ができない……今のアンタは傷を塞いで痛みをなくしただけだ」
胸元を指した指が、今度は腹部を指した。
「腹部損傷……内臓ズタズタにされて出血が多かった。
血が足りねぇんだよ。この嵐じゃ移動もできないしな」
冷たい眼差しは細められ、動けずにいる昴治に
相手は静かに告げた。
「ゆっくりと痛みのない死がアンタを待ってる」
死の宣告。
冗談だと思わせる事のない言葉だった。
昴治は此処で立場を思い出す。
「…オマエ…反連邦軍だよな?」
かかる横髪を払い、相手は首肯いた。
「お腹の……手当てしたの、オマエか?」
それがどうかしたのかと、
瞳が昴治を射抜く。
昴治は力の入らない体に動く手を上げた。
「どうして…あのまま……」
「アンタは、どうして俺を庇おうとした?」
聞き返され、昴治は上げた手を下ろす。
「味方の攻撃だっただろ。救出のだったら助かってたかもしれねぇのに
俺を庇ったから死が確実のモノに変わった」
「…何となくだ……意味はないよ」
それに相手は瞳を伏せた。
何処か無表情にも見えるその顔は、辛くも冷たいものである。
何か話そうとした時だ。
「ぐっ…うう、」
急激に痛みが走る。
じわじわと蝕む痛みに昴治は動く手足を身じろがした。
謂わば、のた打ち回っている昴治を彼は冷たい瞳で見ている。
(俺…死ぬ……)
そう客観的に思う面と
(痛い、恐い…いやだ)
そう主観的に思う面が渦巻いた。
――約束……守ってね……
不意に幼い少女の声が聞こえて、
昴治は瞳を見開いた。
「う、ああああああ!!!!」
「……」
痛みに混乱しだす。
「生きたいか?アンタは」
遠く聞こえる声に、昴治は考えるより先に頷いていた。
耳奥に息遣いと、鼓動。
遠くから灰嵐の音が響く。
「ぐ…な、なにすっ……っ、ひ!?」
痛みに苛まれる体の上に彼は覆いかぶさり、
パイロット服を脱がしていく。
腹部には生々しい傷跡が見えた。
血こそ出てはいないが、肉片が見えるほど抉られている。
その傷痕を彼は撫でた。
「ひっ、ぎぐっ!!!」
「………少しの…屈辱は耐えろ……」
屈辱など、十分味わっている。
更に味わうとすれば、何なのか。
滲む視界が反転し、自分がうつ伏せにされた事に気づいた。
「な、にっ……っ!?」
腰を上げるようにさせられ、服のズボン部分にあたる所を
一気に脱がされる。
外気に晒されると同時に触れる自分のでない体温に昴治は身を震わせた。
「…う…うそ、マジっ……やめっ!?」
「………女じゃない…子供はできねぇから安心しろ」
「そ、そんな……い、や……ひっ、ぎゃ……っっ!!!!!!」
背後から、くちゅくちゅと音がして
当てられる熱に昴治の顔は蒼白した。
息を呑むと同時に
「うあああああああああ!!!!!!」
信じられぬ場所から、内部へ灼熱が貫く。
喪失感と屈辱が心を苛み、痛みが体を苛んだ。
動けぬ昴治を相手は蹂躙の限りを尽くす。
「ぐっ…い、や…ぅ、ぐぐっ…っ、」
血が滲むほど唇を噛み、抵抗できない昴治は陵辱が終わるのを
耐え待つしかなかった。
何故、行為をしているのか昴治には理解できない。
死に行く身体を犯す相手は、そういう趣味があるのかもしれない。
(……なんで…なんでなんだっ……)
ボロボロと涙が零れ、痛みに悲鳴を上げる。
永遠に続くかのように思われた、行為は
「っ」
息を詰めた相手が、強く内部へ侵入してきた。
「っ…い…やあああああああ!!!!!」
大声を上げ、逃げうつ身体を押さえつけられ
次いで内部に熱い液体を叩きつけられる。
「ぁ……」
喪失の声を上げて、昴治は地に伏してお腹を押さえた。
痙攣する体に痛みが集束し、内部に沸々と怒りと憎悪が浮かぶ。
もうこのまま殺されても構わない。
相手を怒鳴りつけようと蹲りながら背後を見た。
「っ…っ……」
冷たい表情ではなく、はたや恍惚としたモノでもない。
両肩を掴み、苦悶の表情を相手は浮かべていた。
何事かと、睨みつけながら昴治は起き上がる。
「あ…あれ…???」
熱と微かな痛みは残るものの
腹部の苛む痛みが消えていた。
身体も嘘のように軽く動く。
抑えていた腹部を見てみれば、桃色の傷跡はあるものの治っている。
「…ぁ…はぁ……ああああああああああ―――――っ!」
響く悲鳴を青年が上げた。
蹲り、そして
ギッ、ガギッ、キチャッ――
喰い荒らされ、皮膚を突き破る音。
びちゃりと彼の肉片のついた皮膚を引き伸ばし、それは姿を現す。
蹲る相手の背中から肌を突き破るように、白いイカに似た
複雑構造の生物。
それはまるで聖書に出てくる大天使のような数枚に重なる翼に似て
異形に思う筈の姿は、美しく見えた。
「……腹は……もう…痛くねぇか?」
聞かれて、昴治は怒りよりも先に頷いていた。
すれば、相手は安堵したように瞳を伏せる。
「……う…ぅ……」
呻き、青年の背中に生えた生物が呼応する。
その光景に昴治は、軍事授業で見た資料映像がフラッシュバックした。
珪素系生物
「ヴァイア……」
零れた昴治の言葉に相手は唇で皮肉気に笑む。
背中に羽のようにある、それは様々な形状をなす『ヴァイア』の一つの形だった。
「俺を……その…したのは――」
自分を助ける為にか。
そして背中を喰い破られ、呻き苦しんでいるのは自分の所為か。
「……血液の代わりに……ヴァイアを輸血した……
性行為は……敵軍に捕虜となった為だ…と…腹括れ……」
脂汗を掻いてはいるが、蹲っていた体を起こし青年は昴治を見た。
「……」
「醜いだろ……」
嘲るように言う彼に、昴治は無心で首を振る。
渦巻いていた筈の怒りや憎悪は消えていて
「……綺麗…天使の翼みたいだ…」
少し擦れている声で、昴治は呟く。
それに相手は瞳を瞬かせ、そして俯いた。
「バカか…アンタ」
「バカって…」
眉間を寄せて、少し怒りながら見る昴治を相手は見る。
「……あまり…見るなよ……」
小さく擦れた声で
「恥ずかしいから……なんか」
告げた青年は年相応の表情をした。
「あァ?」
「だから…名前…」
「敵軍の奴の名前、聞いてどうする」
「……まぁ…そうだけど――」
俯く昴治に青年は瞳を細めた。
「祐希」
「え?」
「祐希だ……俺の名は……」
「祐希?」
「ああ」
開いた瞳は、少し揺らぎ無愛想な顔であるのに
悲しげに見える。
「いけねぇのに……惚れちまいそうだ……アンタを」
そう囁き、祐希と名乗った青年は覆いかぶさり昴治のモノを口に含む。
息を詰めて、昴治は頬を染めながら祐希のモノに手を添えた。
「ん…んぐ…」
そして真似るように口に含む。
「無理にしなくても、いいぜ…」
「オマエばっか…じゃ…何だかアレだし……」
言い訳を募り、昴治は祐希の口の動きを真似るように
モノに舌を絡めた。
自分が、とんでもない事をしているという認識はあった。
だが、そっと抱きついてきた相手を
受け入れたいと思う気持ちが強く広がる。
怒りや憎悪。嫌悪など全くない。
その姿に
その小さな優しさに
戦場という危機感の中
突如芽生えてしまった
(惚れちゃったのかな……俺…)
飛んだ笑い話になってしまうほど滑稽だ。
先程、陵辱されて憎悪を感じていた筈なのに。
見える背中にあるヴァイアが呼応し、何か光る粒子をばら撒く。
それは幻想的で、気味悪く思う筈の感情は全くなく
綺麗だと。
愛おしいと。
そう、ただ思った。
「ん、むぅ…っ…っ!?…ぁ…はぁ…むぅ」
喘ぎを零しながら、行為を続ける。
「…う…やぁ…んん……」
「いつでも俺の…口から出していいぜ……」
呻いて、昴治は口から出す事を断った。
稚拙な昴治の動きに、けれど祐希の息が少し上がる。
視界が霞み、
「っ…ん、んんっ」
震えて、昴治が先に達する。
「あうぅ…んっ……ぁ…あ?」
祐希は背をしならせ、昴治の口から自分のモノを離させた。
戸惑い首を傾げる昴治から少し離れ、地に座る。
手を伸ばされ、自然に昴治は近寄った。
跨がせられるように引き寄せられ、昴治は祐希の肩に手をつく。
「……はぁ…」
興奮している荒い息の中、見える祐希の瞳は淫らな欲に濡れていた。
震えながら昴治は引き寄せられるように唇を寄せる。
唇が離れ、腰を掴む手がゆっくりと聳え立つモノへと下ろす。
「……ん…あ、あああっ!!!」
貫く痛みに覚悟を決めていたのだが、
痛みはなく信じられぬほどの熱が身体を覆い尽くした。
「あ…あ、な、なにぃ!あっ…」
「痛みを…和らげる作用が働いてる……アンタが淫乱なワケじゃない」
ゆっくりと挿入され、内部を擦る熱に昴治は痙攣する。
頬を染めて乱れていく、昴治の背を優しく撫でると
背中を震わして祐希にしがみついた。
ヴァイアが呼応する。
光の粒子が七色の光、ふわりと周りを囲んだ。
「あ…うああんっ、あ、あ……あ、あ、ん、ああっ!」
迫る熱の波に昴治が声を上げて、大きく跳ねる。
「はぁ……」
息を吐き、囁くように祐希が唇を寄せた。
「っ…ああっあ…――――っ!?」
震えて昴治は祐希の下腹部に精を吐き出す。
何度か強く打ちつけ、祐希もまた内部へ精を吐き出した。
熱い迸りに昴治は震えた。
灰嵐が止む気配はない。
反連邦軍の制服上着を下に祐希が敷き、
恐縮しながら昴治はその上に座った。
膝枕でもするように頭を太腿に乗せる。
「……痛みは…?」
「ない」
一言で、答えた昴治は背中に今だ生えているヴァイアへ手を伸ばした。
手に吸い付くように、しっとりとしてけれど、さらりとしたその手触りは
不思議なものだった。
そのままヴァイアが吸い付いているような背の皮膚に触れる。
「おい…」
「…あ…悪い」
慌てて離れた手を止めるように祐希が顔を上げた。
「……いや…気持ち良いから…続けろ」
頬を甘えるように寄せて、祐希は瞳を閉じる。
「痛む時があんだ……それ……やわらぐ…」
「……ああ」
こくりと昴治は頷いて、ヴァイアが生えた背の皮膚をゆっくりと撫で始める。
心地良さそうに祐希の顔が和らいだ。
「これ…ヴァイアだよな」
「ああ……寄生してる」
背を撫でながら、昴治は祐希の頭に手を伸ばす。
「俺も――」
「アンタの場合、俺を経由してるから…寄生されねぇし
検査で発見もされねぇよ」
言葉は遠まわしに、立場を示唆していた。
昴治は瞳を伏せて、優しく祐希をなでる。
気だるさは残るものの、体の痛みは完全に消えていた。
ヴァイアのお陰だと、祐希は告げるだけで詳しい事は言わなかった。
不思議に懐かしい感覚を覚えながら、
昴治は祐希を撫で続けた。
「……何で…だ?」
急に聞かれて、昴治は祐希を見る。
「…俺に…優しくしてくれたからかな……」
何故、優しくするのか。
何故、受け入れたのか。
言外に含む言葉を、そう昴治は返した。
祐希はバカにするような笑声をする。
けれど、表情は優しげなものだった。
永遠に続く時間などない
灰嵐が止む頃、二人は身支度を整える。
昴治のパイロット服は血で汚れ、祐希の軍制服は煤汚れていた。
洞穴から出れば、周りは廃墟と廃樹がある死の大地が広がっている。
祐希はポケットから、通信機器を出す。
カード式のそれから何か暗号のような音が聞こえてきた。
「此処を真っ直ぐ進めば、アンタの所属している部隊に合流できるぜ」
指差された方を見て、昴治は祐希を見た。
少なくはなっているが、背にはまだ翼のようにヴァイアが生え呼応している。
「オマエは?」
「向こうに、仮キャンプ地がある…」
「……大丈夫なのか?」
自分を助けた事に、彼に何か処分が下らないかという心配からだ。
祐希は首を左右に振る。
「捕虜になるか?」
共に、反連邦軍へ。
昴治は左右に首を振った。
相手は怒った風もなく、ただ小さく笑みを浮かべる。
「……」
「……」
別れの時。
無言で二人は寄り添い軽く抱き合う。
離れて、冷たい表情の祐希と瞳に剣呑な煌きを宿す昴治が互いに見合った。
「敵は、味方内にもいる…能力の低い奴は実戦にでるな。
ただでさえ無駄な戦力が、もっと無駄になるからな」
「…うるさいよ」
憎まれ口を叩き、祐希は瞳を伏せる。
「今度戦場で出くわしたら……否応なく殺す」
「オマエなんかに殺されない。俺が逆に倒すよ」
告げれば祐希は顔を上げて、小さく微笑んだ。
驚きつつも、昴治もゆっくり微笑む。
「アンタを忘れないから」
「俺も忘れない」
それは憎しみからくるモノでない事に
心は騒いだ。
静寂が降り注ぎ、別れを告げようとする。
「…アンタは…約束、守る方か?」
「え?ああ…大事な約束は絶対に守ってる」
それが何かあるのか。
何か約束でもするのかと思われたが、祐希はそれだけしか言わなかった。
答えに祐希の瞳が少し揺らいだけれど。
「じゃあ、俺は行く」
「ああ…じゃあな、祐希」
戦場で二度と会う事がないよう願って。
昴治と祐希は背を向けあい、そしてそれぞれの道を歩き出した。
何か後ろ髪が引かれるような、そんな感覚が襲い
昴治は唇を噛む。
嵐のような熱が残り火のように燈っている。
それに促されるように昴治は振り返ったが、
「……祐希」
そこにはもう祐希の姿はなかった。
一陣の風が吹き、昴治は前を見る。
陽が強く、昴治に触れた。
――約束だよ…約束、絶対に…此処に来るから
肉を裂く様な音をたてて、皮膚を突き破り生えていたヴァイアが
内部へと戻る。
祐希の髪は風に揺れた。
「大事な約束は…守る、か……」
軽く嘲るように祐希は笑みを浮かべる。
浮かび湧き上がった感情に、それはいけない事だと知っても
消える事はない。
想いを馳せた分、心が堕ちるのに時間は要さなかった。
ぬくもりが
優しさが
あの撫でる手が
「…相変わらず、バカ兄貴……」
もう憶えてはいないのだろう。
それは胸を締め付け
そして安堵させた。
立場も自分も変わりすぎてしまった。
気づいた自分を見下し、祐希は瞳を閉じる。
「……」
ゆっくりと昴治と同じ青い瞳を開く。
祐希から表情が消え、瞳は虚空を見つめた。
風が頬を撫でるように過ぎ去っても、瞳が揺らぐ事はもうなかった。
(終) |