…++新月が哭く++…
―幸詩―
いつも手を伸ばして
声にならない叫びを上げる。
そんな自分は嫌い。
でも君の手を掴もうとする。
暗くとも、ソコに月はあった。
冷たく堕ちた証拠。
コッチニオイデ
今夜も僕は耳にする。
「いっやー、嬉しいですぅv」
るるんと声を上げるイクミに、昂治は呆れの入った息を吐く。
「もう、すっごく、ダイナマイト・ハッピーv」
「何がだよ。」
「とぼけないでよぉ、昂治!一日の半分以上、一緒にいられるんすよ。
尾瀬クン幸せすぎて、涙がでちゃうv」
首にしがみつくように纏わりつく、イクミにジト目をする。
確かに相手の顔には、嬉しいと満面にでている。
「そりゃぁ、良かったな。」
「あーん∨こおじ、冷たいデス。でも、そこも刺激的ぃv」
「あのさ、語尾にハートつけるの止めろよ、気持ち悪い。」
云うと、しがみついたままでイクミは泣きまねをした。
「ひどいっスー、こうやって、いたい気な少年の繊細な心は傷つくのデス。」
「あー、はいはい。」
頭を撫でてやれば、イクミはしがみつくのを止めて笑顔を向けた。
と云っても肩に腕を回している。
昂治の通常作業がリフト艦に変更されたのだ。
V.Gチームは一日の半分はここですごす。
なので、イクミにとって昂治と一緒にいられる時間が増えたのだ。
有頂天なくらい舞い上がっているのだった。
「でも、本当に嬉しいよ。」
「失敗して、仕事増やすかもな。」
「そんなコトないってばさー!」
そうこうしているうちに、リフト艦に着いた。
「ほら、自分のトコ行けよ。」
「んー、昂治も一緒にv」
「そう言う訳いかないだろ、さっさと行く!」
ぽんっと肩を押され、イクミは残念そうな顔を向けて操縦席へ行った。
操縦席の前に着くと、
「尾瀬、」
横から声をかけられる。
すぐに顔を向けると、ガコッと簡易宇宙服をぶつけられた。
「ったーーーー…なにするんスか!!」
少し赤くなった鼻をこすって、ぶつけた本人を凝視する。
本人――祐希は目を細め、見下していた。
「手が滑った、」
「あのねー、手が滑って宇宙服投げる奴が…ははーん、
も・し・か・し・てぇヤキモチ?いやー、もう∨そんなに妬まなくてもっ!!」
「ねたんでねぇよ!」
「そう?さっきからずーっと見てたじゃない。」
ひょこっと祐希の後ろからカレンが頭を出した。
「な゛っ!?」
「わー、祐希くん顔真っ赤か!かわいーでちゅね。」
「て、てめぇ殺ス!!!」
わいわい騒ぎだしているのを、オペレーター席の所から昂治は見ていた。
――なに、騒いでんだ?
半ば呆れの混ざったふうに見ていた。
「コウジ…、」
「あ、ネーヤ。」
ネーヤが微笑んで、瞬時に無垢な――無表情――顔になった。
「見えない?」
「……、」
深呼吸をして、昂治は目を閉じた。
「みんな知らナイ。アノ人も。」
「…これでも素直になった方だよ。」
「教エナイ?」
「もう少しだけさ…もう少しだけ、」
目を開けば、微笑んだネーヤがいる。
「ネーヤ見てるだけ。」
「ありがと、」
すっと手を伸ばし、昂治の右肩を撫ぜて下ろした。
肩をトントン叩き、キーを打つ手を止めた。
昂治の作業はV.Gの状況、スフィクスの対応などを
まとめて報告する係りだ。
――なんとか終った…。
多少の失敗はあったものの、午前中の分は終った。
昂治はモニターから顔を上げ、操縦席の方を見る。
――やっぱ、まのあたりにするな、
真剣な眼差しの彼を見る。
「こおじv」
「…っうわ!?」
突然、視界一面にイクミの笑顔が映った。
声を上げた昂治に、しゅんとした表情を向ける。
「そんな驚かなくてもぉ…で、なに見てたんだ?」
「え、あ、な、なにも見てないよ。」
「そぉ〜お?ま、見るなら俺なんかどーぞ!」
「だーかーらー…、」
息をついて、昂治はうつむく。
――何、見てんだろ。
気づいたら探している。
その人の姿を、瞳の中に留めようとする。
そんな自分に恥かしさと、嫌悪を覚えた。
ソンナノ続クワケナイノニ
顔を上げて、イクミに笑みを向ける。
「あ、昂治!?」
「どうした?」
急な笑みは、可愛いもので、
「えー、あー、カワイイなぁと…じゃなくて、えっと昂治、一緒に昼食べない?」
「いいよ。」
少し真っ赤になっているイクミに昂治は首を傾げた。
曖昧に返すイクミに席を立ち、
「行こっか、」
また笑う。
「んにゃー、ホント俺、めろめろだわー。」
「なんだ、めろめろって…。」
出口の方へ歩いている時、声を急にかけられた。
「今から昼ごはんですかー?」
「え、そうだけど。」
カレンと、その後ろに祐希がいる。
気前のいいカレンの笑みと、不機嫌な祐希の表情は
見事に雰囲気を中和させているようだった。
「そ、俺と昂治クンが一緒にv」
ふと祐希が昂治を見て、目を細める。
「あたしたちも、これからなんです。よかったら…あ、祐希!」
カレンの言葉が終る前に祐希は歩き出した。
とんっと祐希の肩が昂治の肩にぶつかり、掠めるように瞳を合わせ
何も言わず去って行く。
「ちょっと…あ、あのお先に!」
急いでカレンは先行く祐希を追いかけた。
追いついたのは、かなり離れた所だった。
「もう、せっかく人が…お兄さんと一緒に食べたくないの?」
「……、」
「いいけどね。でも、顔色よくなったね。」
カレンが思い出すあたり、まえ出くわした時は、それはもう真っ青な顔色だった。
「もしかして、お兄さんと上手くいったの?」
「………、」
上を仰いで、祐希は前を見た。
「……まだだ、」
「まだって?」
そのまま足を速めた。
「丸くなったですかねぇ…仲直りしたのか?」
「……してないよ。」
軽い笑顔で昂治は応えた。
そうですか、とイクミも笑みで返す。
「じゃ、行きましょ!」
手をつないでくるイクミに嘆息を出しつつ、歩き出した。
――仲直り…か。
そう云えば、そうなるだろう。
痛い日々
辛かった日々
苦しかった日々
今はなくなって、あたたかい時が流れている。
もとの兄弟に戻ったワケではなくて、違う関係になっている。
仲直りをした。
――そうじゃ、ない。
仲直りをしたと思いたくなかった。
それでは兄弟に戻ったコトになる。
兄弟では嫌だ
もっと別の、
そう自分は―――
目を伏せる。
こんなにも自分が醜いと思う事はない。
嫌だと思いながらも、自分は手を伸ばしている。
今も。
助けて、誰か
誰か、誰か、誰か、誰か……祐希、助けて!!
求めている、自分が憎い。
「あー、いたんデスか、」
嘆きの声を食堂に着くなり、イクミは上げた。
「何よ、その言い方!」
あおいに、
「ごめんねーイクミぃ。」
こずえがいたのだ。
「別にいいだろ。何人で食べてたって、変わりないし。」
「すこぉ〜し、変わるデス。」
気を落としているイクミを気にせず、昂治はパンをかじっていた。
「で、どう?リフト艦は?」
あおいが心配そうに聞く。内容は失敗してないか、なのだが。
「ただキー打ってるだけだし、ネーヤもいるし。」
「あー、またネーヤなの!」
その言葉にイクミは、昂治の肩にまとわりついた。
「そーなのよー蓬仙さん。ネーヤとらぶらぶぅって感じ?」
「あのな゛、」
イクミは軽くあしらうが、向こうは離れるつもりはないようだ。
「ネーヤちゃんって、昂治くんに懐いてるよね。」
「こずえの言うとおりね。あたしの前だと、すーって行っちゃうし。」
じーっと責めるような目つきに、昂治はため息をついた。
「なんだよ、俺が悪いって顔して。」
「昂治が悪い!」
びしっとあおいは指差す。
「あのな、あおい…何が悪いんだよ、」
その返しに、うーんっと首を傾げた。
「なんだろ?」
「あはは、蓬仙さん、おもしろずぎ!」
「あのさ、イクミ…離れてくれないか、食べれない。」
まだ肩にもたれているイクミに言った。
「えー、嫌だv」
そう言っていたイクミがピシッと止まる。
「イクミ?」
目だけイクミは斜め後ろに向ける。
射抜くような目つきで、殺気だっている祐希はこちらを見ていた。
にやっとイクミは笑い返す。
「おい、どうした?」
「まぁ、命が第一優先ってコトで。」
「はぁ?」
イクミは肩にまとわりつくのを止めた。
「おーい、昂治、呼んでるぜ。」
ちょうど食堂に入ってきた生徒が、昂治に言った。
すぐに昂治は席を立つ。
「わかった、どうもありがとう。」
呼んだ生徒に礼を言って、昂治は箸を置いた。
「あのさ、」
「待ってますよ、ここで∨」
「悪いよ、時間かかるかもしれないし。」
「昂治、尾瀬がイイって言ってるんだから。遠慮しないの!」
「わかった、じゃあ、早めに話終らせてくるな。」
すたすたと昂治は食堂の入り口の方へ行く。
そのまま行くと思われた昂治は、入り口前で立ち止まる。
「……、」
談話し始めたあおい達を横目に、イクミはその昂治を見る。
いつもながらの笑顔。
だが、少し違う、
花が咲くような微笑――
――昂治?
目線の先を辿ると、そこには祐希がいた。
祐希も気づいていて、瞳を合わせている。
微妙な哀の混ざった表情をして、昂治は食堂を出て行った。
「うーーん、」
「どうしたの、イクミぃ?」
「先、越されちゃったって感じ?」
廊下に出ればすぐに、呼んだと思われる人がいた。
「あ、申し訳ございません。呼んでしまいまして。」
中肉中背の男は、ペコリと頭を下げる。
「いえ、あの、頭下げないで下さい。」
軽く男は笑い、開発者の一員だと名のった。
昂治は苦笑いをして、内容を聞く。
「急な話なんですが、スフィクス――ネーヤに異常な事がありませんか?」
ネーヤとの接触が一番多いのは昂治だと開発部にも解かっている事だ。
だから聞きに来たのだろう。
「異常って、何かあったんですか?」
「大した事ではないんです。彼女の形成するヴァイアの波動が
少し変化しまして…影響は出ない程度なんですけね。」
「…そうですか、」
昂治は目線を下に向け、相手を見た。
「すみません。僕にも解かりません…お役に立てなくてすみません。」
「いえいえ、貴方のスフィクスに対する態度は望ましい物です。
こちらこそ、急にすみません。何か不審な事がありましたら、すぐ連絡して下さい。」
「はい、」
男は会釈して、去って行った。
髪を掻き分け、昂治は上を仰いだ。
「…ネーヤ、」
呼べば壁から、ふわっとネーヤが現れた。
ネーヤは現れるなり、昂治を後ろから抱きすくめた。
「こうじ…こうじ、痛い?」
「痛くないよ。」
抱きしめながら、ネーヤは右肩を撫でる。
痛い?
痛くない
わかってる。
「こうじ、ダメだよ。ダメ、痛いよ…やっぱり、痛い。
溢れる。
溢れるよ、溢れて、
零れちゃうよぉ……、」
「ごめん、ネーヤ。」
すっと昂治がネーヤから離れた。
ネーヤは悲しそうな瞳を向ける。
「もう少しだけ、自分で何とかしたいんだ。」
「……、」
嘘。
嘘だね。
アナタハ優シイ人ダカラ。
ふわりと浮き上がって、ネーヤはまた壁に溶け込むように消えた。
「こうじ、月は紅くナイよ。」
聞こえてくる声に昂治は唇だけで笑った。
「そうだよ、ネーヤ。今度は金色に光るんだ。」
昂治はそう言って、食堂の方に足を向けた。
月、赤、紅くないヨ?
そうだね、地球からだと時々…紅く見える
赤、赤、赤?
血の色だよ
暗くした部屋から、荒い息と淫靡な音がする。
「ん…むぐぅ…っ、」
口の中に入りきらないので、咽喉を鳴らしながら昂治はしゃぶっていた。
「はぁ…はぁ、」
祐希の熱い息使いが聴こえる。
苦しげな表情をしつつ、昂治は祐希のモノをしゃぶる。
口から出し、横から咥えこみながら筋に舌を這わせた。
「ぁ…兄…貴、」
「むぅ…んん、んぅ…。」
昂治の腰を掴み、滑り込むように昂治の身体の下になる。
ちょうど昂治のモノが祐希の口の位置にいく。
「…ふぇ?…あっん!?」
上体を少し起こし、昂治のモノを祐希が口にする。
「や、やだ…っ!あ、ぁぁあ!!」
祐希のモノを顔横に、昂治が倒れこむ。
「兄貴…、キモチイイから…もっとやって…。」
「……ふぅん、」
言われたように、昂治はモノを口腔に入れた。
前だったら、ここで暴れまくっただろう。
それでも偽りの暴れだ。
けれど今は違う。
キモチイイ?
キモチイイ
愛おしげに昂治は祐希を悦ばす。
ぴちゃ、ぷちゅ、
淫靡な音は羞恥を思い起こす。
それに耐えながらも、いや溺れているのかもしれない。
「んん!…んぅ、むぅ、はぁ…はむぅ、」
昂治と同じように祐希は口を動かす。
軽く歯を立て、
音がしないほど吸って、
上下運動を唇でして……。
びくびくと祐希の身体が震えている。
昂治の身体も震えている。
快楽の震え。
「むぅぅっ!?」
空いている手で、祐希が穴に指を突き入れる。
第一間接しか入っていない指がかき回しながら、広げていく。
祐希の舌が筋を辿り、袋を甘噛みして穴のヒダまで沿った。
きちゅ、くちゅ、
自分の秘部から音がたてられる。
わざと祐希がたてているのだが、昂治は気づいていないようだ。
「んむぅ!?んん、ふぅ、ひゃぁぁぁ!!」
口から祐希のモノを出し、昂治は声を上げた。
そのまま欲望を吐き出し、同時、祐希の液も吐き出される。
少し痙攣している昂治の体を寝かせ、その上に祐希は覆い乗った。
昂治の顔には祐希の白濁の液が掛かっている。
虚ろな目つきは、少し意識が飛んでいるのを知らせていた。
「兄貴…いちゃったのか?」
「……っ…。」
真っ赤になった昂治に口付ける。
軽いキスの後、顔に掛かっている液を昂治は手ですくって舐める。
「…兄貴、そこじゃない…、」
「ぇ?」
祐希はそれ以上何も言わず、ほぐれている貪欲な秘部に自らを突き入れた。
「くぅぅ…んっ!?」
可愛く鳴く。
痛いの?
痛いの?
痛いの?
ソンナノ、イラナイ。
「…ふぁ、ゆ、祐希ぃ、ゆう…き…、」
鳴く昂治を、祐希は抱きしめた。
強く抱きしめた。
体が鳴いている。
喚いているのか、抱きしめたままで動かない祐希に昂治は焦れたのか
自分から動こうとしている。
「んぅ…はぁ、ああ…ゆぅ……んん!」
昂治の痴態は自分がそうさせたもので、
彼の意思ではない。
穢した。
ここま穢させた。
けれどそれは躯の話で心の方は曇りのないガラス珠のようだった。
渦巻いている感情はひどく澱んでいると祐希は思っている。
「動けるか?」
「ん…んぅ…はぁ……少し…、」
その澱んでいる思いは、ひどく繊細で透明だという事を祐希は気づいていなかった。
「はぁあ、ああ…んぅ、ん、」
強く抱きしめられながら、昂治は少しづつ腰を動かす。
瞳は虚ろなのだが、しっかりと瞳には祐希の姿が映っていた。
痛い
痛い
痛い
祐希の瞳もまた虚ろになり、揺れながら昂治の姿を映していた。
「あれー、祐希くんって案外ロマンチスト?」
次の日、不意にイクミに話し掛けられる。
場所は展望室で、確かにココにいるのは珍しいかもしれない。
「あァ?」
「星みてるんだろ。違うんデスか?」
手すりに寄りかかっている祐希の横に、イクミが立った。
「はぁー、尾瀬クン失敗だよ。助言しなきゃ良かったなぁ。」
「なに言ってんだ、てめぇ、」
イクミは手すりに肘をつき、ガラスの外を見た。
夜でもないのに星空が見える。
「昂治と上手くいちゃったんだねぇ、」
「……、」
「もうね。昂治クン気づいてないみたいだけど、君に向ける笑顔がさ
違うんだよ。気づいてた?祐希クン。」
すっと祐希は目を細める。
「でもさ、君って態度が冷たくない?」
「てめぇに関係ねぇだろ。」
イクミが笑ったようだった。
「すごくね、お前が駄々こねてる子供に見える。」
手すりに祐希が寄りかかるの止める。
「ないモノねだり、してるみたいだぜ。」
「うるせぇ、」
嘆息の音がする。
「お前も優しいんだよね。」
「何、言ってんだ。頭でも浮いたか?」
「だって、俺って昂治を撃ったんだぜ?なのに――、」
言葉が止まる。
祐希は何も言わず、そこから去ろうとした。
「昂治ってさ、よく変わったって言われるよね。」
ただ昂治と云う名を聞くだけで、祐希の去ろうとする動きが止まった。
手すりにトンと寄りかかった祐希に、唇だけの笑みを向ける。
イクミは息をついて、手すりに腕を置きながら頬づえをついた。
「俺も変わったと思うよ。うん、めっちゃ変わった。」
祐希が髪を掻き分けたようだ。
さらさらと音がする。
「みんな強くなったって言ってる…んー、体力じゃなくて精神的に、」
翠の瞳だけ向ける。
「でも、すぐに壊れる強さだと思う。」
その瞳に、青い瞳が合った。
「優しくなったんだ。前より、ずっと…優しくなりすぎてる。
だって、そうだろ?許されてるんだ、俺がさ。ホント、涙が出ちゃうよ、尾瀬クンは。」
「…バカか?許されたいんじゃねぇのか、てめぇは。」
肩をひょいっと上げて、イクミは頬杖を止めた。
「痛いトコ、突きますねぇ〜祐希クンは。」
気だるげな視線になったので、イクミはニッコリと笑った。
「許されなくていいんだな、俺は。ただ、償いたいだけ。」
手すりからイクミが離れる。
それを視線だけで祐希が追った。
「ま、とりあえず。何かのしがらみに迷ってる彼氏サンの、隙を突いちゃうぞって感じv」
「…捕るつもりか?」
祐希の言葉に、目元は微笑んでいない笑みをイクミはした。
「違うでしょ。もう君に捕れちゃったんだから、奪い返すでしょ。」
目を瞑る。
そんな祐希にイクミは余裕に似た笑みをした。
余裕なんてこれっぽっちもないけれど。
――ホント、祐希クンも優しいねぇ。
「じゃ、ライバル宣言をはっきりさせたんで。」
「どこ行く、」
去ろうとした背中に声がかけられる。
「さぁ?ドコでしょね。教える必要ないっしょ?」
祐希はそれ以上、何も云わず去って行くイクミの背中を見た。
「あ…、」
朝方、部屋に――祐希の部屋から――戻った昂治はベットの上にある物に気づく。
それは黒地のシャツで、昨日、諸事情で祐希から借りた物だった。
ベットに座り、そのシャツを抱える。
――祐希の……。
そのまま後ろに倒れた。
醜いと思うのはこういう時で、
嫌だと思うのはこういう時で。
求めている。
縋っている。
あの熱に何もかも忘れて溺れ続けたい。
内なる声が、昂治を揺るがす。
それでも、声がする。
声が聞こえる。
呼んでいる。
コッチオイデ
赤い、赤い月。
もう、欠けますか?
もう、欠けましたか?
そしたら、どうなるか知っていて。
だから、聞こえる声に応えない。
ソコには彼がいない。
ソコには祐希はいないから。
昂治は抱えているシャツを握り締めた。
「…購ってやる、」
アナタノ為ニ。
祐希はイクミの去った後も、展望屋にいた。
星空を見ている。
ネーヤはリヴァイアス艦上にいた。
星空を眺めていた。
痛いのか?
辛いのか?
何かあったのか?
心配してんだよ
ネーヤは手を仰いだ。
「気づいてないと思ッテルノ?」
祐希は手すりを握った。
「気づいてないと思ってんのかよ。」
大丈夫か?
平気なのか?
公私混同するなよ
ネーヤはくるりと回る。
「そんなのイラナイ。」
祐希は目を伏せる。
「そんなのいらねぇ。」
おまえのコト、愛してる…
ネーヤは唇を開く。
祐希は唇を開く。
「アナタノ声ガ聴コエナイ―――。」
(続)
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