***ヴァレンチノ








今宵は2月14日。
ヴァレンタインデーである。
ホントの話、チョコを上げ告白をするなどという行事は、
ある販売業者らの策略に近いのだけれど…
恋人たち、恋を望む者たちの一大行事のひとつである。

あの子にもらえるかな?

あの子は受け取ってくれるかな?


不安、歓喜、緊張……

「どきどきどき……」

ネーヤの言葉は静かなココでは溶けるように消える。
見つめる先には、リフト艦をパーティ会場として
使っている生徒たちの楽しそうな姿があった。





パーティをしようと言ったのは誰か。
もう解らないけれど、楽しんでいるのは確かだ。
用意や準備もあいかわらず大変だった。
だが今回はクリスマスの時の事もあってか、
昂治の役割は前よりは楽だった。

――気使わせちゃったかな…

第一の理由に、1週間前に倒れた事が役割が
楽なモノになった要因だろうと推測する。
昂治は少し申し訳なく想うのと同時に、
自分の体力の低下をまざまざと実感した。

「あ、ブルー!」

ちょうどリフト艦の入り口にブルーが立っていた。
凛とした空気は冷たく思われるが、
昂治にとってはそうでもない。

「……」

近づいてきた昂治にブルーは視線を向ける。
微笑みながら、その視線を昂治は返した。

「入らないのか?楽しいと思うよ。」

「……」

「大丈夫だって、疲れたら帰ってもいいんだし。」

何も言わず見ているだけのブルーと昂治は会話する。
これも所謂コミュニケーションだ。
他の人にとってはブルーが昂治を無視しているように
見えるのだが、ちゃんと心は通わせている。

「ユイリィさんも探してたみたいだしさ、入ろう?」

「…それ、何だ。」

「え?」

昂治の片手には小さな紙袋が持たれていた。

「あ、これ?ちょっとね、手伝わされてさ…」

ガサゴソと紙袋の中から物を取り出す。
それはトリュフで包装しているわけでなく、無造作に
ラップで包んであるだけだった。

「余っちゃってさ、良かったら食べてくれないか?」

「……」

「別に強制的じゃないけど、」

苦笑いをする昂治の手から、そのトリュフを一つ
ブルーは取った。

「貰っておく、」

「ありがと、助かるよ。味の保障はしないからな。」

奥の方で昂治を呼ぶ声が掛かる。
軽く昂治は返事をして、ブルーを見た。

「じゃ、俺行くね。」

にこっと笑い、昂治は駆けていった。
それを眺め、手にある小さなトリュフをブルーは見る。

この想いは何だろう

甘いのはあまり好きではないけれど、
ラップの包みを開けてトリュフを一口で食べた。
やはり甘い。
だが今日は甘いのも好きになれそうだった。
それが何を表すのか、ブルーは気づかないフリを
するのだけれど。







数名の人に声を掛けられ、何事かと昂治は思う。
軽く返せば、少し泣きそうな残念そうな顔をされた。

――何か期待してるみたいけど…何かあったけ?

その理由を昂治は知る由もない。
会場の中央近くで、

「こおじーーーーv」

イクミが大声で駆け寄ってきた。
返事をする前にイクミが被りつくように抱きついてくる。
危うく倒れそうになるのを何とか耐えた。

「あ、危ないだろ!」

「探したっすよー!!何処行ってたのぉーーー!!」

すりすりと頬ずりをするイクミから離れようとする。
強情なまでの抱きつきに昂治はため息をついた。
内心、イクミはしてやったり!と思う。
抱きついたままで良いという了承なのだ。

「まったく、子供じゃないんだからさ…」

「子供だもーん、」

そうだなと言って、昂治は笑う。
イクミも笑って、抱きつく体を後ろへ回した。
もたれるような体勢に少し昂治は不平を云うけれど、
拒否はしなかった。

「あー、またイチャついてる!!」

あおいがそんな二人を見つけ、
こずえと歩み寄ってきた。

「もぉー、暑苦しいわよ。」

「ヒドイわー、蓬仙さん。でもさー、ちょうど良くない?
俺と昂治ってv身長的にもキスしやすいしv」

「バカ、何言ってんだよ。」

呆れた声にイクミはふぅっとだれる。
本心も入っているのだが、昂治は多分気づかない。

「いくみぃ…チョコ。」

「アリガトウゴザイマスv」

昂治にもたれかかったまま、
こずえからチョコを受け取る。

「いい加減、離れろよ…ったく、」

「いーじゃないのー。」

「そうよ、尾瀬、離れなさいよ。」

「今日は特別な日なんだからさ、出血大サービス
って事でさー大目に見逃してv」

あおいは少し腑に落ちない顔をしながらも、手に
持っていた包みを昂治に渡した。

「はい、チョコ」

「え?ああ、ありがとう。」

くれるとは思っていなかったらしい。
昂治は慌てて、あおいからチョコを受け取った。

「あと、はい。義理。」

ついでと言った感じで、イクミにあおいはチョコを
渡した。イクミもそんな調子で受け取り

「アリガトウゴザイマスv」

脇に空いてあった。袋に入れた。
そこで袋の存在に気づいた昂治は、袋を見た。
それはそれは、たくさん入っている。

「…それ、全部もらったのか?」

「うにゃ、そうだけど…あ、ヤキモチ?」

「違うって、」

もたれかかっていたイクミが昂治から離れ、
手を前に差し出した。

「……なんだよ、その手は。」

「ちょーだいv」

「は?」

「だ・か・らー、チョコをくださいv」

「あるわけないだろ、」

そうはっきり言う昂治にイクミは、泣きマネをする。

「あー、ヒドイです!ヒドイ!!
俺との仲は遊びだったのねぇぇぇ。」

「仲って何のだよ…それに、あげるのない。」

半目になって呆れている昂治は、ため息をついた。
そんな昂治の持っている紙袋を指差す。

「じゃあ、その袋はなに!」

「え?ああ、これは、
昨日あおいを手伝った時のだよ。」

「あ、そうだったの?」

「余っただろ、食べきれないからさ皆にあげようと、」

ばっと周りの視線が集まる。
いくら鈍い昂治でも、只ならぬ雰囲気に気づいた。

「…な、なに?」

目をパチパチさせて言う昂治から、周りの視線は
拡散する。カモフラージュに近いのだが、昂治は
昂治で気のせいかと認識した。

「うー、悪寒を感じるけどさー。
この尾瀬イクミ君にさ、そのあまりちょーだい!」

「…いいけど、」

「ダメよ!あげちゃ!!」

横からあおいが怒鳴った。
肩を竦めながら昂治は目を顰める。

「尾瀬にあげちゃダメよ!舞い上がるから!」

「アラっ、その言い方ヒドクないっすか?」

「そーだよ、あおいちゃん。」

こずえが言うと、
あおいは眉を寄せて怒鳴るのを止めた。

「一番、小さいヤツにしなさいよ。」

「あおい…目の敵にしてないか?」

「気にしないでー、さ!昂治の愛ちょーだいv」

「愛って。あのな…」

何度目かのため息をついて、
紙袋からトリュフを出そうとした。
だが出すことはできず、その紙袋は自分の手から
なくなった。
なくなったと言うより、取られたと言うのが正しいだろう。

「え、おいっ!!」

紙袋を取ったのは弟の祐希。
そのまま祐希は中からトリュフを取り出して、
食べ始めた。

「……ゆ、祐希!何食べてるんだよ!」

「あーーー!!!昂治のチョコ!!!」

急な事で反応が遅れた所為もあり、イクミが止めに
入った時は全部たい上げられていた。

「全部食べて…おまえなー、」

「はっ、こんなマズイもん上げられた方が
迷惑なんだよ。処分してやったんだ、感謝しろよ、」

憎たらしげに言う祐希に昂治はため息をつく。
イクミは食べられてしまったショックで少し動けない模様。

「まずくて悪かったな、」

「……」

少し俯く祐希に昂治は首を傾げた。

「祐希くーん、ちょっと…俺、ムカツキって感じデス。」

「ケンカ売ってんのかよ、クソ野郎。」

「売っちゃいましょーかー?」

睨みあっている二人を、
昂治は他人事のように止めようとする。

「何ケンカしてんだよ、迷惑だろ。」

「兄貴風吹かせてんじゃねぇ!!」

ムカッとくる言葉を言うのは相変わらずだが、
拳が飛んでこなくなったのは成長の現われだろう。
少し怒りモードのイクミが、昂治のポケットから覗く
包装された小さな箱が目に入った。
あおいからのではない。あおいのは手に持っている。

「昂治、そのポケットに入ってるのは…?」

「!?」

ビクンっと昂治が反応する。
誤魔化すように苦笑いを昂治は続けてする。

「な、なんでもないよ!気にするなよ!」

「貰いもん?」

「ち、違うよ、イクミ…あ、俺…役割あったんだ!」

逃げるように昂治はその場から去っていった。
場が静かになる。

「あれ、誰かにあげるチョコね、」

あおいが一言いった。
そして誰もが思う。

アレは本命チョコだ――と。











「どきどき…」

ネーヤは手すりに座り、おもしろそうに下の
会場を眺めていた。

「…?」

雰囲気が伝わって振り返ると、

「こうじ……」

昂治が息を散らして立っていた。
ゆっくりと昂治は近づき、
座っているネーヤの横に寄った。

「探したよ、」

「探ス?呼べばイイノニ…すぐ会えるヨ」

アナタガ呼ンデクレレバ

昂治は笑い、手すりに手を置いた。
にぎやかな音が耳に届く。

「ネーヤも参加していいんだよ、」

「ウン…でも、ココでイイ。」

ネーヤは白い手を胸に当てた。

「どきどき…でも、ふわふわしてて…ももいろなの、」

「ももいろ?」

「ウン…広がるヨ、恐いケド、嬉しいノ。」

言葉で告げようとしているのは、
艦内にいる生徒たちのココロなのだろう。

「だから、ココにいるんだよ…、」

昂治はソコから下を見下ろした。
ちょうど会場全体が見渡せる。
きっとネーヤは見つめ続けていたのだろう。

みんなを

「そっか…、」

「ウン、そうだよ。」

昂治は上を仰いで、ポケットに手をいれた。
そしてゆっくり中から薄い桃色の包装紙で包まれた
小さな箱を取り出しす。
赤紫のリボンがキレイに飾られている。

「…これ、ネーヤに。」

「え?」

困ったような笑みを浮かべて、昂治はその箱をネーヤに
差し出した。座ったままで
ネーヤはゆっくりそれを受け取る。

「ネーヤに?」

「ああ、」

「ドウシテ?」

昂治は微笑む。




ありがとう。

これからも一緒にいよう。






それは感謝の意。
何に対してというワケではなくて、ただネーヤへの感謝。
ヴァレンタインは恋人の祭日でもあるけれど。


大切なヒトに

ココロをこめた想いを告げる


そんな日でもあるのだ。
ネーヤは笑った。

「ありがとう…こうじ、嬉しい、うれしいヨ。」

「はは、そこまで喜ばれると、俺もうれしい。」

「…こうじ、うれしい。
ネーヤうれしい。
これ、しあわせだね。」


想いはあたたかい

"しあわせ"


昂治が笑い、ネーヤも笑っている。
こんな穏やかな日が来た事に、昂治は思う。


ありがとう。


口に出したりしない。
ココロにあって、それは生きるのだ。
ふとニコニコ笑っているネーヤに昂治は言った。

「本当ヴァレンタインはね、男が女の子にあげるんだよ。」

「…ふーん?」

「皆には秘密だよ。俺があげた事――何だか
知らないけどさ、欲しいって言うヤツが多くて
…断ってたからさ。」

「言っちゃダメなの?」

ネーヤが眉を寄せて言うので、昂治は首を傾げた。

「言いたい人でもいるのか?
でもさ、俺からって言うとバカにされるかもしれないぞ。」

「バカされないヨ!ネーヤ嬉しいもん。
だから、うれしいのふわーって広げたいノ。」

「じゃあ、言ってもいいよ。」

「やった…うれしい、」

ネーヤはそっと昂治に寄り添う。

「肩…いい?」

「どうぞ、」

肩の上にそっと頭を寄せた。
昂治は微笑んで、下の会場を見渡す。

「…こうじ…ふわふわするよ…」

「ふわふわ?」

コクリと頷いて、昂治から貰った物を抱きしめた。
下からは楽しそうな声が
耳に伝わるのは穏やかな鼓動。



こうじ…

みんな"好き"だって

こうじ…

わたし"好き"だよ






ネーヤは手すりの上に座っていた。

昂治と一緒にみんなを見ていた。

今日はSweet Valentine Day

Gioia armonia melodia...












(終)
ネーヤ×昴治の意志が勝ったと昔の私は言っていた(笑)
今は4人でと思っている…(死爆)
きよしこのよると微妙にリンク。

>>back