+++ハナ ハ チル
気づいて時にはもう、それは散っていた。
――咲いてると思ったのにナ…
月からの帰り、艦内の植物庭園にイクミは足を赴かせた。
行きには、咲いていた花はしおれていた。
息をついて、そこから出ようとする。
ふっと目に映る。
バラの花、深紅の薔薇たち。
イクミの瞳が揺れる。
――バラか……――
この花は、いまだ自分を縛っている。忘れるはずがない。消えるはずがない。
なのに、霞がかかり別の面影を映す。
自分の心は揺れていた。
一枚の花びらが散る。
深紅のそれは、まるで血のようで。
胸がいっぱいになって、イクミは狂ったように泣いた。
伝わる暖かさ、温もり。
涙があふれる。
ただその暖かさに、すがった。
急に重いものが、のしかかった気がした。涙が止まりはじめたイクミは、顔を上げる。
昂治の腕が離れ、鈍い音をたてて床に倒れこんだ。
「こ……じ?」
周りの空気が、張り詰めた。そっとイクミは、頬に触れる。
冷タイ。
白を通りこした皓い肌。
イクミは震えながら抱き起こす。ぬるっとした感触。
血だった。
強く抱きしめる。嫌がって、払いのける手は床についたままだ。
「こ…じ、こうじ…こうじ!こうじっ!!」
呼びかけても、答えはない。揺り起こそうとするイクミを、救助の人たちが体を引く。
昂治から引き離す。救助に来た大人たちが、それを囲む。
艦内は騒然とする。
叫ぶあおい。
目を伏せるこずえ。
慌てふためく、ユイリィとルクスン。
呆然とする明弘たち。
震えるファイナ。
蒼白する祐希。
両腕を掴まれたイクミはもがいた。
「こうじっ!こうじっ!こうじっ!!こ…こう……こうじぃぃぃぃーーーーーーーーっっ!!!!」
叫ぶ。
俺のせいだ。
ただイクミは名だけを呼び、意識を手放していった。
叫ぶ資格なんてないのに、と自嘲する。
罵って、打ちのめして、引き離して、傷つけて…無理してきたのも自分のせいだった。
イクミは目を伏せ、庭園を出た。
――もう会えやしない
死んでしまいそうだった。こんなに会えない事が胸を締めつける。
胸の痛みは過去より激しく、イクミを襲う。
いっそのこと死んでしまおうか考えたが、それさえ許されないと、イクミは知っていた。
死は罪からの逃避。
死は甘美な誘い。
死の先には愛しかった人がいる。そこに行くことを許されしないだろう。
守るはずが、自分で壊した。
気づいたときには遅くて。
イクミは目を閉じた。
「イクミ、どうしたんだ?」
作業を終えて、昂治が話しかける。ぼーーっとしているイクミの目前で、手を振りながら覗きこんだ。
昂治自身、気づいていないだろう。しごく、その仕草は可愛らしいものだ。
「いや…何でもないですよーーーーっ!」
ぎゅーっとイクミは、甘えるように抱きつく。冷たくなった体は思いのほかに、あたたかい。
「こらっ!イクミ!!!」
もがくが、不意に昂治は動きを止めた。
「こうじ?」
「まぁ……いいか。」
そう言って腕をまわし、やわらかく昂治は抱き返してくる。イクミは急に熱を感じて、体を硬直させる。
「あの〜、なにが?」
「………いろいろだよっ、たくっ!イクミのバーーーカ。」
するりと腕から昂治が離れた。
もう触れること許されない。
もう傍にいることさえ許されない。
そう思っていたイクミに昂治は手を伸ばした。
笑い、何も悪くなかったと偽善ではなく、本心から許したのだ。
あまたの罪。
消える事は、ないけれど。
「こうじくぅ〜ん、待ってぇ。」
甘えるように、しがみつく。
「キモチ悪いなっっ!!離れろよ!!!」
「んーー、いやーーー。」
顔をしかめる昂治に、イクミは笑みを向ける。
「なに、なに?こうじくんが尾瀬くんの事、ラヴュラヴュ〜だって?」
「誰がそんな事、言ったよっ!!!!!」
そういう昂治は、イクミの腕を払わなかった。
花が散らない事はない。
罪は消えない。
でも、傍のいる事を君が許してくれるのなら――それに甘えるつもりはないけれど。
神よ
愛しかった人よ
彼の傍にいる事を、共に生きていく事を
ユルシテクダサイ
罪深き、この僕を
花は散り、ふりつもっていく。
(終) |