+++お砂糖の花
甘いお菓子のような――
特に何もする事がない日だった。
祐希は通路をフラついている――と、云うのは建て前で昂治を探していた。
どこにいやがる!!
鈍くさいクセに、弱いクセに…それなのに、不意に何か自分より上にいる。
苛立ち、わだかまり、憎悪、一切全ての感情。
それが何かと認めてしまえば――、
イライラするぜ、どこにいやがんだっ!
楽になった代わりに、違う衝動が生まれていた。
「何、キョロキョロしてるんだ?」
急に背後から声をかけられる。
振り返った先に、
「兄貴っ……。」
探していた本人がいた。
「誰か探してんのか?」
あんたをな、
とは言えない。
口を開けば違う言葉が出てきそうだった。
昂治はといと、前は鬱陶しそうだった表情は、
今は笑みの混じったものへ変わっている。
「別に、」
「そっか。」
上目で見てくる昂治に、祐希はひどくドキドキした。
それを誤魔化すように、
「あんたは、何してんだよ。」
乱暴な口調で言った。
昂治は少し目を逸らして、また祐希を見る。
「俺は探してたんだけど――、」
「誰をだ?」
「もう、いいや。そうそう、あおいが心配してたぞ。」
「…心配なんていらねぇよ。」
その言葉に目線を落とし、相手はため息をついた。
「……あのさ、」
「何だよ。」
すぐ言葉を返す祐希に、昂治は言葉を詰まらせる。
「何でもない、じゃぁ。」
そう言って背を向け去っていく。
行っちまうっ!
つもりがなかったが―体が勝手に―祐希は昂治を後ろから抱きしめていた。
「あ、えっ!?な、何だっっ?」
細く小さい身体に心拍数を上げながら、肩に頬を寄せる。
ふわりとやわらかい、お菓子のような甘い香りがした。
「少しヨロついただけだ。」
小さなイイワケ。
それさえ、この鈍い兄は本当だと信じる。
「ヨロついて、抱きつく奴いるか?」
見れば、昂治の耳が少し赤く染まっている。
嫌じゃないのか?
自分がこうやって抱きしめる事をだ。
抵抗もなく、じっとしている。
諦めなのか、それとも――祐希の想いはふくらむ。
「誰を探してんだよ、」
「……。」
「言えねぇ奴なのかっ。」
強く抱きしめる。
昂治の息を呑む音が、身体に疼きを覚えさせた。
「おまえ…、」
「あァ?」
「おまえ――祐希を探してたんだ。理由は特にないんだけどさ。」
早口でそう言った。
「俺に会いたかったのかよ。」
「わかんない。」
ウソをついている声ではなかった。
本当に解かっていないのだ。
「祐希、離れてくんない?人が来るだろ。」
「………、」
「あんなに嫌ってたのにさ、どうしたんだよ。」
兄貴が好き。
と言えたら、どんなにいいだろうか。
まだ言えない。
そうする勇気がらしくなく、湧いてこないのだ。
だから代わりに、優しく祐希は抱きしめる。
このキモチが伝わるようにと―――。
それは甘い、甘いお菓子のような
小さなキモチ
いつか、カタチになって
大きなお花が咲くでしょう
(終) |