+++そんなキミが









リフト艦内はひどく、静かだった。
静かと云うより、重々しい空気が漂っていた。
理由は、昂治と祐希が同じ空間にいる事だった。二度めのリヴァイアスは穏やかな平和な日々。
だが、なにかとメンテが必要で、今もこうやって艦内設備の調整を行っている。

「もう、なにブスっとしてんの?」

「関係ねぇだろ。」
隣りのカレンの言葉に祐希は素っ気なく返した。

「空気がね、重くて。」

「俺の所為じゃねぇだろ。」

「そうだけど。」

昂治は全く祐希の方を見ず、黙々と作業を進めていく。

「昂治クン、作業が早くなったスねぇ。」

「そう?」

いつのまにやら、隣りにいたイクミが昂治に笑いかけた。
昂治もその笑顔に笑みを返すが、どことなく刺々しいものだ。

「昂治?どうしたのよ。」

通路での作業なので、あおいが通りかかった。

「あ、あおい。なんだよ。」

「なんだよ、はないでしょ!」

ぶぅっと顔を顰めて、あおいが昂治の鼻先に指をあてた。
昂治は軽くため息をついて、目をそらした。

「悪かった。で、何?」

「ん?何か、機嫌悪そうだから聞いてんの。」

「蓬仙も、そう思う?」

イクミが身を乗り出していった。2人して頷き、昂治を同時に見た。

「なんもないって。」

「バカ兄貴だもんな。」

割り込むような祐希の呟きに、昂治の笑顔が引くつく。

「……協調性のない奴がいるしね。」

背筋も凍るような冷たい笑みを浮かべた。

「終わった。これでいいだろ。」

祐希がカレンに告げて、さっさとその場を去って行った。
そんな彼を昂治は無表情で見送る。

「昂治?」

あおいの声に昂治はまた、微笑みを浮かべた。

「なに?」

「うん…祐希とケンカしたの?」

そんな質問に昂治は首を振った。

「してないよ。」

もともと仲直りしているかも不確かだ。
以前よりはマシに見えたが。

「じゃぁ……。」

この重苦しい空気は何なのか?
言葉を濁して、あおいは昂治を見た。

「終わった。イクミ、先に行ってるな。」

軽く笑みを見せて、昂治は去って行く。
祐希と逆方向を歩いてく後姿を見て、あおいは首をひねった。

「もう、まだ仲直りしてないんだー。」

「時々、あんな感じっスよ。作業終わると、どっかに行くし。」

「へぇ、お兄さんが?」

カレンが興味津々に応答した。

「よし!」

拳を握り締めて、あおいは歩き出した。

「あおいさん?」

「ちょっと、あと追ってみる。」

たったとあおいは走っていった。イクミとカレンは顔を見合して、同時にあおいの後についた。
あおいの尾行(?)は軽やかなものだった。

「なんか、慣れてません?」

イクミがコソコソとあおいに言った。

「何回かした事あるから。」

「何でですか?」

「昂治ね、ぼーっとしてるから変な人にストーカーされた事あって。」

だから何でと聞く前にあおいが口を開く。

「誰だか解んなくて、後つけてね。正体つきとめたの。よくわかんないけど、翌日ボコにされてたけど。」

「あのー、蓬仙さん、それって…祐希にその人教えたりしませんだした?」

「え、よくわかったね。」

「やっぱり…。」

イクミはハハと乾いた笑みを浮かべる。
2人は何も言わないでいるが、頭の中では血みどろの男が映し出されていた。

「あ、着いたみたい。」

昂治が立ち止まった。
場所は薄暗い展望室。
人影がなく、イクミ、あおい、カレンは観葉植物の影に身を潜めた。

「なにしてるのかしら?」

あおいが首をかしげると、昂治の前にあるベンチに誰か座っているのに気づいた。
誰かと考える前に、

「祐希。」

昂治がその者の名を言った。
祐希は振り向かず、座っている。背中合わせで昂治も座った。

「あーーケンカするの!!」

飛び出そうとするあおいをイクミとカレンが抑える。

「今、出たらマズイっしょ!」

「そうですよ、あおいさん。」

小声で抗議をし、様子を伺うように制した。

「…祐希、もっと優しく接しろよ。」

昂治は3人がいると気づかずに、話し出した。

「誰…。」

「カレンさんだよ。あんな態度、可哀そうだろ。」

昂治の説教?にカレンはあおいを抑えながら、感動した。

「なんで、」

祐希の返しには相変わらずの響きだが。

「女の子だろ。」

「あんたが言うか?」

静かな声に昂治は俯く。
あまり見せない物憂げな表情をしていた。イクミは何となく、ん?と思った。

「忘れたのかよ?」

「忘れるわけないだろ!!忘れるわけない!忘れるわけ…それこそ、卑怯だ。」

「そうだな。バカの上にアホがつくぜ、バカ兄貴。」

昂治の真剣な声と打って変わって、祐希の声はどこか揶揄いが入っている。

「…あおいがケンカしたのかって聞いてきた。」

体重を後ろにかけて、祐希に寄りかかっているようだ。

「ウソーーー、祐希が何も言わない!!」

「ホント、静かにしてる!!!」

小声で混乱している、あおいとカレンを横目にイクミは伺い続ける。

「仲直りだってしてるか解んないのに。」

「……あんたが自分で言ったんだろ。」

コクリと頷く。それは女の子のように可愛い仕草だ。
イクミは頬をペシペシと叩く。

「解ってる。でも…まだ待ってくれ。大事にしたいからさ。」

「ゆっくりどーぞ。」

気の抜けた祐希の声に、昂治がムッした顔をする。

「なんなんだよ!その言い方!!」

「兄貴はすぐ顔に出るからな。」

「は?出ないって。」

「出るよ。」

祐希が振り返った。
思考が止まった。そんな感じだろう。


チュッ


可愛い音が室内に響いた。

「!!!!!」

「ほら、顔に出た。」

バっと口を抑えて立ち上がる。

「な、な、な、な、なにすんだよ!!」

「キス。」

しゃあしゃあと言う祐希に対して、昂治はどんどん真っ赤になった。

「誰かに見られたら、どうすんだよ!!」

祐希は鼻で笑う。

「そのまんまだろ。ま、観葉植物の影にいるかも知れないけどな。」

ばれてます?
イクミ、あおい、カレンは同時に思った。

「祐希ーーーーーーーー!!!!!」

例え人がいなくとも、そんな大声では人が来るだろう。

「なんだよ、うっせぇな。」

「バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカ、バカーーーー!!もぉーー、しらないっ!!!」

幼児のように腕を振り回して言い、背を向けて歩き出す。

「兄貴、」

「しらないって言ってるだろ!!」

と、言いつつ昂治は、ちゃんと振り返った。

「部屋のカギ、開けとくな。」

「〜〜〜〜っっ!?」

真っ赤になりながら睨んでも意味がない。
そのまま昂治は駆け出していった。
その後姿を祐希はクツクツと笑って見送る。

「なに、え?ど、ど、どういう事!!」

あおいは混乱。

「こんな近くにライバルが!」

カレンは不覚と反省。

「……。」

イクミは祐希と目が合った。
ばれてる。
そのまま祐希は不敵に笑うと、その場から去って行った。
ムカムカっとイクミは苛立たしさが浮かぶ。
この苛々の理由は何なのか、イクミにはすぐに解った。

「宣戦布告かよ。」

ギリリと奥歯を鳴らす。
気づかずにいた、自分の気持ちにイクミは把握した。



「祐希のバカヤロ……。」

人差し指で自分の唇に触れる。

「もうちょっと、待てよ……。」

それでも、昂治は瞳を伏せた。

そんなキミが…好きだから

もう少し、待って欲しい。

常識に、とらわれない自分の答えを返したいから。






ホントの恋の争奪戦が始まる……いろんな意味で。




次の日。

「昂治くーん∨一緒に、ご飯食べようぜーーーー!!!」

「わーーーーー!!どうしたんだよっ!?」

「っざけんなーーーーーーー!!!!!」

昂治を巡る、イクミと祐希の闘争も始まったのは言うまでもない。

「昂治ーーー!!選ぶんなら、祐希にしなさい!!」

あおいも加わって―――





(終)
若さあって書ける文章もあるな…なんて……がふっ

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