…++とがめるもの++…
リヴァイアスを降りて、数週間がたつ。
数週間たって、今だ昂治は病院に通院している。
今日も、病院へ朝早く出かけていった。
イラツク……
心の中で呟いてみる。
あれほど、感じていた苛立ちは失せていた。
怒り、憎悪は昇華し、ざわつきだけが胸に残る。
床に座って、庭へと続く窓を祐希見ていた。
家の中は静かで、外も同じくらい静かで灰色の空は、あと少しで雨を降らすと知らせている。
キモチ悪イ
胸のざわめきがだ。
波打って、自分の感情をおかしくさせている。
昂治がそろそろ帰ってくるという事実に、歓喜している思考に混乱している。
自分は兄を嫌いではないのか。
自分は消えてしまえと考えていたのではないのか。
自分は兄の存在を忌々しく思っていたのではないのか。
答えは出ている。
その答えに祐希はますます混乱する。
目をつぶれば、ガラスの割れる音がする。
記憶は蘇り、
憎悪、寂寥、否定、懐疑、一切の激しい感情―――
すべてが思い起こされる。
それでも、それでさえ、自分の答えはそれと無関係だ。
あの感情はどこへ行ってしまったのか。
なくなるはずがない。
あんなにも衝き動かした嵐が熱が消えるはずがない。
ぼんやりと外を見る。
雨がしとしと降っていた。
あの日と変わらない風景。
もどることない、昔の日常。
あまりにも変わりすぎてしまった自分を締め付けるように痛みを与える。
血が流れて、流れて、信じていたモノが壊され、自分がそうだと思った信じるモノ。
またそれを壊された。
いとも簡単に壊した。
それもまちがっていると制したわけではない。
兄貴……
どうしたらいいのか、わからなくなった。
嫌い、傷つけ、罵り、憎悪をぶつける。前はできた事が、今はできないでいる。
声が出ないほどの叫びは、自分の動きを止めた。
信じるモノはもう、信じることを戸惑わせるモノだ。
そのモノに対する思いは、罪悪感が占める。
ふらりと立ち上がって、玄関へ行く。
外に出て、雨にでも打たれれば混乱が消える。
そう思っての行動だった。
扉が開く、祐希が開けたのではなく、
「……。」
昂治だった。
波立つ感情を抑えて、祐希は目を伏せる。
「ただいま、祐希。」
伏せていた目を開け、昂治を見る。優しい笑みは全てを包み込む。
何も言えないでいる祐希を静かに見る。
「無理して言わなくても…いいけどさ。何となく……わかるから。」
何をわかるのだろうか、昂治の瞳に自分が映る。
背けられた瞳。
今はしっかりと自分に向けられている。
なのに、隔たりがあるのを感じた。
「嫌われている、軽蔑してるってわかっているけどさ。おかえりくらい言ってくれないか?」
昂治の言葉に、祐希の視界が黒くなった。
「何…言ってんだよ。わかってねぇよ!!!」
怒鳴って、両肩を掴む。それでも殴る事はなく、掴む手も力が入っていない。
「わかってねぇんだよ…あんたは……。」
怒声は自嘲めいたものになっていた。
うつむく祐希を昂治は抱きしめる。
その行動がわからず、祐希は息を呑んだ。
「そうかもな、俺もよくわかってないよ。」
頭をゆっくり撫でているようだ。
「兄貴……」
「ん?」
震えながらも、祐希は背中に手を回す。
「俺を許すなよ…キモチ悪イから。」
頭から手が離れる。抱きしめたいた手が、するりと離れた。
祐希は昂治の細さに恐れながら、強く抱きしめる。
「祐希、おかえりは?」
振り払わず、とどまっている昂治が言った。
「……おかえり。」
消え入りそうな声で呟く。
伝わる体温と肩口に、うめてかかる昂治の息は祐希を咎めた。
アナタハ悪クナイ、と――――――
(終)
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