***閉じている花









あなたは目覚めてはいけない
気づいてはいけない





――やっと慣れてきた…かな

肩から上に腕が上がらない。そんな後遺症が残った自分。
二種免が得られないワケじゃない。
ただ授業への負担がかかる……わかっていた事だ。
至極当然とくくられるのは
嫌でもあるけど、
カリキュラムを遅らせながらも進めている。
内容は前よりも短時間で、残りの余暇はネーヤとすごしている。
夕方ごろに軽い検査を受けて、一日が終わる。
早くも遅くもない日々。
何故だろうか、

――自分が……

「コウジ?」

「…あ、なに?」

「考え事、ぐるぐる、ごちゃごちゃ。」

ネーヤが覗き込んでくる。

「ごめん、ボーーっとしててさ。」

「ううん。コウジが側にいる。ソレデイイ。」

ドキっとする言葉。
だけれど、ネーヤからだと…何て言えばいいだろう。

――そう、あたたかい。

そんな気持ちになる。

「ありがとう。嬉しいよ。」

笑う。
かわいい笑顔。
前は無垢な表情しかしなかったけれど、今は笑うようになった。

――落ち着く

とても、近くにいる…。

「近く…、」

「そうだったね、ネーヤはココロがわかるんだっけ。」

ゆっくりうなずく。
頭を俺の肩に寄せて、手に手を合わせてきた。
少し冷たい手が、やんわりと握ってくる。
握り返してみれば、ネーヤが微笑んだ。

「あったかいね。」

「そうかな…、」

「あったかいヨ。みんな…あったかい。」

寄り添ってくるネーヤを見ると、昔を思い出す。


「お兄ちゃんの手、あったかいね。」


こうやってた。
今はもう、遠くに行った奴。

「コウジ…悲シイ?」

「…違う、悲しくないよ。」

遠くに行った彼の姿は見えない。
前は、近い過去は、目を背けて逃げていた。
それは止めて、目を向けてみた。
一瞬、見えたような気がする姿はもう見えない。
けれど、追う気はない。
逃げるんじゃなくて、追わないだけ。
俺は俺が歩くべき道を進む。
それが別の道でも。

――この気持ちは、

「たぶん、さみしいのかな。顔、見なくなったし。」

首をかしげるネーヤに笑みを向ける。

「前は…何だかんだ言って、顔合わすの多かったし。

もっと昔は一緒にいるのが当たり前だったから。」

「さみしい…?」

「そう…あ、でも言っちゃダメだぞ。」

うっとし気に見られるのは嫌だから。

「うん、言わない。」

息を軽く吐いて、握っている手をネーヤが見ている。
俺も見た。
ひどく自然に見える。
もう何十年も、こうやっているような錯覚。
何故だろう。
自分の時間が止まっているみたいだ。

――進んでいるつもりなんだけど。

「進んでる、進んでるよ…手、少しあつくなったよ。」

空いている手で、ネーヤが壊れ物を扱うみたいに、握り合っている手を撫でた。

「明日には、つながってるかな…、」

「つながってるよ。」

笑いあう。
とても、穏やかだ。
疲れじゃなくて、安らいでだ…眠くなってきた。

「寝て、イイヨ。ヒザ枕する。」

「いいって、部屋に戻るよ。」

「する。次、ネーヤしてもらう。」

駄々をこねているみたい。
笑みがこぼれる。

「わかった…じゃあ、少しかりるよ。」

痛くないように、頭をネーヤの膝上に乗せた。
ふわっと浮くようだ。
そっと髪を、すくうように撫でられる。

――眠い…

すごく心地がいい。
視界がゆっくり霞んでいく。





「オヤスミナサイ、」





気づいてはいけない
 
止まった時間に

目覚めてはいけない

浅い夢から

気づいてはいけない

そうすれば

涙で苦しむ人はいないから

気づいてはいけない

アナタを動かすのは

 
魂でなく、ヴァイアであることを


気づいてはいけない
知られてはいけない

アナタを愛する人たちに、


「こうじ……、」



ネーヤは一人、涙を流す。
おだやかに目をつぶる君を見て―――。





(終)
ネーヤ×昴治。いいですよね。
ネーヤは昴治に甘く、昴治もネーヤには甘いという感じの…。

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